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原発は 現代版 バベルの塔  [社会]

4月18日(水)から上野・東京都美術館で”ボイマンス美術館所蔵のブリューゲルの「バベルの塔」展”が開催されている。公式HPから見どころを紹介させて頂くと”木材で足場を組んだ上にレンガをはめて固定し、その後足場を解体するという当時の建築技法を忠実に描写”、”ブリューゲルは地平まで見渡すパノラマを背景に巨大な塔を画面一杯に配置。かってない壮大なスケールで塔を描いた。”とあり、壮大な風景と細部まで描き込まれた絵は圧巻だ。「バベルの塔」は旧約聖書の「創世記」中に登場する巨大な塔で、実現不可能な天に届く塔を建設しようとして、崩れてしまったといわれることにちなんで、空想的で実現不可能な計画を揶揄する時に「バベルの塔」というのは、絵があまりにも有名なので私でも絵と共に知っている。聖書の「バベルの塔」に関する記述の一部を私なりに解釈させて頂くと”同じ言葉を用いていた人々が自分達の技術を過信するあまり、天にも届く塔も造れる、と神に挑戦しようとしたので、神は人間の言葉が同じゆえにこのようなことを始めたのだと考えた。なので、人々の言語を乱して違う言葉を話させ通じないようにしたら、人間たちは混乱して塔の建設をやめ、世界各地へ散らばっていった。”私には「バベルの塔」と「原発」が同じに見える。


数日前になるが、NHKスペシャルで”廃炉への道2017 核燃料デブリ 見えてきた壁”を見た。NHKは2015年5月に”廃炉への道2015 核燃料デブリ 未知なる闘い”を放送していて、その後”廃炉への道2016 核燃料デブリ 迫られる決断”、2016年11月に”調査報告膨らむコスト 誰がどう負担していくか”を放送している。「デブリ」とは原子炉の事故で、炉心が過熱し、溶融した核燃料や被覆管および原子炉構造物などが、冷えて固まったものである。福島第一原子力発電所事故は2011年3月に起きているので、今年でもう6年以上も経つのだが、やっと、本当にやっとデブリがちょっぴり見えた段階でしかない。国の計画では”2017年にデブリの処理方法を決定、2021年に取り出し開始、2051年までに終了”だと言うのだが、「バベルの塔」としか思えない。そもそも取り出した「デブリ」をどう処理するのかも決まっていないのに、取り出してどうしようと言うのか?青森県の六ヶ所村に移動する計画かも知れないが、それならば単に放射能廃棄物が国内を移動しただけである。


我々は、天まで届く「バベルの塔」を造る技術があると過信した聖書に登場する人間達を笑えまい、何故なら「原発」という「バベルの塔」以上の愚行をやってしまったのだから。「原発」が福島第一原発事故ほどの酷い事故も起こさず、順調に運用されていれば「原発」関係者も「天にも昇った気持ち」かも知れないが、事故が起きてしまった今となっては「穴があったら入りたい」位の慙愧と猛反省が必要だと思うのだが、相変わらず国も電力会社も一部の国民も「原発」を必死で再稼動させようとしている。「原発は 神をも恐れぬ バベルの塔」


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丸い卵も切り様で四角 物も言いようで角が立つ [お笑い]

私はブログ記事のネタを探す時には、まず「新聞」をかなり隅々まで読んで見る。見つからなければパソコンで「MSN JAPAN」で話題を探す。それでも見つからなければスマフォで「SmartNews」を覗く。それでも見つからなければ、酒を飲んで天からネタが降ってくるのを待つ。それでも駄目ならば寝てしまい、過去の自分の失敗を思い出してネタにする。それでも..もうこの辺で止める。別に毎日投稿などしなくても良いのだが、生きているのだがら毎日一つ位は考えさせられるニュースや身の回りの出来事がある筈で、記事を書かないとその日は起きて、食べて、寝ただけになってしまう情けない一日になるので、頭脳の老化防止もかねて記事をひねり出している毎日である。同じネタでも正攻法で行くか、裏から攻めるかでかなり印象も違って来る。私はどちらかと言えば裏から攻められるネタが好きなのだが、なかなかそういうネタは見つからない。「SmartNews」を読んでいたら”街で見かけた「注意書きの張り紙」が全力で気をつけたくなる9選”の記事を見つけた。掲載元は「Virates]で記事提供は「クレイジー」とあった。元々は誰かのツイートにフォロワーが面白い「注意きの張り紙」を投稿した写真がベースになっている。


その9つだが、幾つか紹介すると
1.圧倒的説得力:「あんたのいらん物はわしもいらん」
2.暴論だ:「本日よりテスト一週間前につき、部活動を禁止する」
  よって帰宅部は帰宅禁止とする。生徒部」
3.恐るべきブーメラン:「トイレでタバコ吸うな。喫煙所でう〇こするぞ」
4.じゃ僕んちの庭でも:「ここに金塊以外すてるな」
5.犬に支配されて1年..:「犬のみなさんへ 人間と散歩するときは、
  スコップと袋を持たせて下さい」
6.ホンネ:「お客様各位 お気付きの点がありましたら
  どんな小さな事でも我慢して下さい。店主」


間接表現の方がより説得力があるのが良く解り、センスもあって面白い。この前新聞で読んだのは”お店の前の放置自転車に困った店主が「ここは自転車捨て場です ご自由にお持ち下さい」の張り紙をしたら激減した”とか。私が印象に残っているのは田舎の駐車場にあった「無断駐車はタイヤ4本頂きます」の張り紙で、罰がお金ではないところが笑えたが、これを超えたのをネットで見つけた「無断駐車禁止!1回目ボコ 2回目ボコボコ 3回目廃車」、「当院に御用のない方で駐車された方は おしりに注射します。産婦人科」。悪い事とは知りながら、頭ごなしに注意されるとあまり効果が無くて、下手をすると逆効果になってしまう。物は言いようで、どう表現すれば相手に伝わるのか?は張り紙に限った事では無く、日常の会話にも必要だ。「叱責も 言い方ひとつで アドバイス」


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今頃になって小林薫の「深夜食堂」にはまる [TV]

私はアマゾンのプライム会員なので、「アマゾンビデオ」を無料で観る事が出来る。数年前はあまり観たいと思うTVドラマや映画が無かったが、最近は内容も充実している。私が「アマゾンビデオ」を見るのは、寝床に入ってからなので午後11時位だろうか?夜中に目が覚めてしまい、ユーチューブの動画などにも飽きてしまった時にも観る。数年前にタブレットを手に持たずとも仰向けで観れる器具を100円ショップ等の部品で自作した。以前は7インチ程度のタブレットだったが、最近10インチに換えたので、この器具が無いと益々手が疲れて仰向けでは観賞出来ない。そもそも、本当は眠りたいのだが眠れないので観ながら安らかに(?)眠れるような作品を選んで、観ている内に寝てしまっている事が理想、なので過激な内容のTVドラマや映画はあまり観ない。その中で、見始めてからもう1年以上経つのが「深夜食堂」で、主人公の小林薫がNHKの大河ドラマ「おんな城主直虎」に出演しているので、彼を見て「深夜食堂」を思い出して観たりもする。第一話が2009年10月に放送され、全40話あるそうで、私は昨夜もシーズン3の第25話を観た。CM抜きなので23分位で観る事が出来るし、冒頭のナレーションは毎回同じなのでそれを飛ばして観れば20分位で観れるのだが、やはり冒頭にかかる鈴木常吉の歌うオープニング曲「思ひ出」を聞きながら、新宿の大ガード下をくぐり抜け歌舞伎町、花園界隈と思われる映像、そして小林薫の作る「豚汁」(やけに豚肉が少ない)と「そんな時間に客が来るのかって?それが結構来るんだなあ」のセリフを聞かないと観た気がしない。40話全部見終わってしまったら困るなあと思ったが、半分寝ながら観ているので、又第一話から観ても新鮮な事に気が付いた。


「深夜食堂」を御存知無い方の為に少々補足すると、このドラマは漫画が原作で、新宿・花園界隈の路地裏にあると設定されたマスター1人で切り盛りする小さな飯屋で、営業時間は深夜0時から朝の7時頃まで、メニューは豚汁定食、ビール、酒、焼酎しかないが、マスターができるものなら言えば何でも作ってくれる。お酒は一人3合までだったかな?毎回、お惣菜のような食べ物がタイトルで、その食べ物にまつわるエピソードを持ったゲストが登場する。番組の最後には、その食べ物の料理のコツをちょっぴり紹介してくれたりもする。この、毎回登場するゲストだが日本の俳優陣の層の厚さを感じる。私が知らないだけかもしれないが、今までTVや映画で見た事もない俳優が毎回次々と登場して様々な人生を演じてくれる。勿論、店には常連客もいてヤクザの剣崎竜を演じるのは「孤高のグルメ」でも有名な松重豊で、第一話「赤いウィンナーと卵焼き」に出てくるタコウィンナーがこのヤクザの大好物という設定が笑える。他にもオダギリジョー、不破万作、 綾田俊樹、山中崇が常連役として時々顔を出すが、小林薫の存在感には適わない。


第二話以降のタイトルを紹介すると「猫まんま」「お茶漬け」「ポテトサラダ」「バターライス」「カツ丼」「タマゴサンド 」「ソース焼きそば」「アジの開き」「ラーメン」と続く。観ていると、時々私も思わず食べたくなってしまう。第24話の「紅しょうがの天ぷら」だが、私は細く切られた紅しょうがをかき揚げのようにして食べるのかな?と想像していたら、見事に裏切られて、丸ごとの紅しょうがを薄くスライスして天ぷらに仕立てる。一見、魚肉ソーセージを薄くスライスして揚げたのかな?と思ってしまうような出来上がりだ。この料理は関西の「真の庶民の味」だそうで、お惣菜として良く売られている。このドラマを観ていると、人には忘れらない食べ物がある事をつくづく思い知らされる。私の場合は子供の時に母が作ってくれたカレーで、エスビー食品の赤缶カレー粉と小麦粉、そして肉の代わりにソーセージが入っていた。調べて見たら今でも売っていたので、作ってみようかな?と考えたが思い出が壊れそうなので止めた。「子の帰省 朝からカレー 作る妻」(ネットから借用)


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身も蓋も無いTVドラマタイトル「人は見た目が100%」 [TV]

「人は見た目が100パーセント」は、このところ低迷が続くフジTVのドラマタイトルで、13日木曜日午後10時に第一回の放送があったので期待して観たのだが、私にはイマイチだった。フジTVのドラマが何故面白くないのか?が解るような気がした。私がこのドラマを観る気になったのはタイトルが気になったからで、そう言っちゃあ身も蓋も無いでしょう、と思う。この「身も蓋も無い」はもう死語だろうか?フーテンの寅さんの「それを言っちゃあおしめえよ!」にとってかわれたような気がしないでもない。それでも「身も蓋も無い」は「おしめえ」ではなくて、まだちょっぴり救いがあるような気がする(無いか)。私などは、今でも結構使っている言葉なのだが(どんな時だ)、語源が解らないので調べて見たら”あまりにも率直すぎて、含みや味わいがないこと。また、それによって話が続かなくなることのたとえとして言う。「身」は容器の蓋に対して、物を入れる部分のこと。 身も蓋も無くて入れ物として成り立たないことからである”。「そんな事調べて何になるんだ!」とお叱りを受けそうだが、そう言われると「身も蓋もない」。サンドウイッチマン富沢が「実も豚もない?」と、伊達に逆突っ込みそうなフレーズではある。


私がこのドラマをイマイチと申し上げたのは、私が爺さんだからだと思う。ファッションやヘアメイクになどさほど興味が無いし、ましてや化粧やオシャレなどには無縁だからだが(本当は女装趣味があったりして)、女性には大ブレークしそうな予感がする。実際にこのドラマの原作は、現代女性のリアルな心情を描いてきた大久保ヒロミが手がけるコミック『人は見た目が100パーセント』で、10~40代という幅広い層の女性から圧倒的な支持を得ている。ストーリーは3人の女性を軸に展開され、主役は勿論、桐谷美玲なのだが、お笑い芸人のブルゾンちえみが凄く気になった。これで、女優初デビューというのだから恐れ入る。それにしても、最近のTVドラマは漫画が原作の作品が多い。それならば私の大好きな佐々木倫子の「おたんこナース」もとっくにTVドラマになっているのかな?と思って調べたがまだだった。観月ありさの出ていたドラマに「ナースのお仕事」というタイトルがあったが、まったく関係なしだそうだ。


綾小路きみまろの名言「人は顔やカタチじゃない、大事なのは見た目!」を思い出してしまった。私などひねくれているので、この言葉がすんなりと頭に入って来ないのだが、見た目には内面も含まれているのだと思えば納得出来る。しかし、昔読んだ女性漫画(チッチとサリーかな?)のセリフに「女は顔じゃないわ!心よ!」と女友達同士が慰めあった後「私達、心だけ生まれて来れば良かったわね!」と泣きながら抱き合う本音が笑えた。私はもうすぐ65歳で、それまでに様々な人との出会いがあったが、その経験から言わせて頂くと、人は見た目が100%だとは思わないし、見た目はほとんど関係が無くて、逆に見た目を気にする人ほど内容が伴わない事が多かったと思う。だからと言って「見た目」も大事で、特に女性には最重要課題なので化粧をするのだろう。ノンスタイルの石田のセリフに「化粧に2時間もかければ、それはもう化粧ではなくて作品ですよ!」というギャグがあるけれど、私は化粧した事が無いので女性の気持ちが解らない、なので今度化粧に挑戦してみようかな?(近頃、春の陽気で私の頭は益々おかしい)。「厚化粧 落としてしまうと 貴方だれ?」


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行列の出来ない?レストラン [料理]

4月になったのでバドミントンサークルの会計報告とお花見を兼ねて、たまには皆で食事をしようという事になった。バドミントン活動後の午後1時半から、市民体育館の近くにあるビストロ・ラパンというフランス料理店を8人予約しておいた。メンバーの女性には人気なのだが、男性にはあまり人気が無い。何故ならば、料理が出てくるのが異常に遅いのだ。午後1時半の予約なのだが、メンバー全員が揃ったのは10分前で、お店に全員揃った事を告げる。店内は我々8人と、別グループの8人、女性の2人連れが2組で、それだけで店内はほぼ一杯になってしまう。このお店の料理が出てくる遅さは有名で、入り口の扉にも「お急ぎは出来ませんのでご遠慮ください」との断り書きが貼ってある。このお店は、以前サークルで2~3回使わせて頂いた事があり、皆待つ事には慣れている。80歳(?)位のおばあさんと40歳(?)位の息子(?)の二人で切り盛りしているお店なので、多少時間がかかるのは仕方が無いのだが、食べ終わったのは午後4時だった。営業時間はランチが午前11時半~午後3時で、気まぐれランチは肉か魚を選べて予約した時にお店に肉と魚の数を伝えてある。ランチは1400円程度なので、内容にはあまり文句も言えないが午後1時半から4時迄の2時間半の間に出て来た料理は、パン、前菜サラダ、メインディシュ、デザート、コーヒー。どうすればこれだけ時間がかけられるのか?思わず聞きたくもなるのだが、じっと我慢して仲間とお喋りしているしかない。私だけグラスワインを頼んだのだが、料理が出てくる前に飲んでしまい2杯頼んでしまった。本当は5~6杯んでも全然平気なのだが、昼間からあまり飲むのも、又(?)メンバーのひんしゅくを買いそうなので我慢した。


ネットでこのお店の評判を調べて見たら、数件の口コミがあり「マダム御用達のビストロ」「気軽にフレンチが嬉しい」「住宅街のフレンチ」「本当に時間はゆったり」で評価は星1つ半から4つまでとまちまちだった。それでも、どの口コミも料理に関しては美味しかったと評判が良かった。やはり美味しい料理を食べながら、お喋りにも夢中になれるお店で、ゆったりとした時間が流れるので女性には人気があるのだろう。食べに行ってみようかな?とお考えの方は2時間は覚悟して頂きたい。それだけの価値はありますので、予約してからご来店下さい。


タイトルに「行列の出来ない?」とこのお店に多少の皮肉を込めてしまったのだが、行列が出来る事はあるまいし、逆に行列など出来て欲しくない、とお店もお考えだろう。こういうお店に出会うと、普段我々は「早い事は良い事だ」「注文して40分は酷すぎる」と思っている事に気付かされる。又、例の「お客様は神様だ」の話しになってしまうけれど、このお店のスタイルは「私共のお店のやり方が御気に召さなければ、来店して頂かなくても結構です」で、お店が客に媚びる事をしない。入り口の扉にもあった「お急ぎは出来ませんのでご遠慮ください」の注意書きも、そういう苦情を言う客が絶えないのだろう。だから「ご了承下さい」ではなく「ご遠慮下さい」とはっきり「来るな!」とそういう客を断っている。たまにはこういうお店でゆったりした時間と共に食事をするのも悪くは無い。このお店は住宅街に隠れるように、もう何十年も前から在る。メンバーの1人が「ここまで遅いと、夕食いらないなあ」と言った。ある漫画から引用”「こんなに待たされるんだから、冷凍料理をレンジで暖めるんじゃなくて、手作りに間違いない!」と話していたら、厨房から聞こえて来た音が「チ~ン!」”


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心もつなぐライン [教育・生活]

朝日新聞に「ひととき」という、生活に関する女性の本音が投稿される欄があり、私も毎朝楽しく、時には涙も出る時もあるのだが、感心したり共感する内容が多い。記事タイトルの「心もつなぐライン」は津市の69歳の女性の投稿タイトルから頂いた。内容だが”娘がLINEの仕方を教えてくれたが、若者が仲間同士で話しを共有するもので、老いた自分には無縁だと思っていた。しかし、表情豊かな人や動物のスタンプで縁取られたカラフルなメールを見ると気分も晴れる。(中略)簡単な返事は、それらしきスタンプ一つで済ます。相手の返事がなくても「既読」の印を見て安心する。重い話しには、慎重に的確なスタンプを選んで送ると、お互いの気持ちもほぐれる。(中略)現代の親子関係は友人のようにも見えるが、その本質は昔も今も変わらない。情報技術の進化で、娘と離れて暮らしていても、傍らにいるような安心感が生まれる。”


私もLINEを使い始めて随分長い。事の発端は、娘が電話して来る時は私が酔っている事が多く、後日「言った、言わない」の口論になる事が何度かあった。なので証拠が残るようにしようという娘の発案でLINEを使い始めたら、しっかりと記録が残ってしまうのでとぼける事が出来なくなってしまった。LINEの内容は何時も娘が私に何かを頼み、私がしぶしぶやってあげる事になるやりとりが多い。今までに「床をフローリングにしたい」「室内にうんていを作って欲しい」「食洗器を買ったので台所に置くスペースを作りたい」「浄水器から水が漏れるので何とかして」「速いパソコン一式が欲しい。代金は出世払いで」「ダイソン掃除機の充電器を壁に付けたら取れた」などなど、思わず「業者を頼めば?」とか「材料代も私か?」とぼやきたくなってしまうのだが、ぐっとこらえてLINEで「面倒だけれど、泣く泣くやってあげます」という意味を込めたスタンプを送るのだが、流石に娘は若いだけあってスタンプにも凝っていて、やりとりの最中に的確なスタンプを返して来るので、文章以上に気持ちが伝わるスタンプの威力は凄いなあと感心してしまう事もしばしばだ。このブログの記事なども、文章などよりLINEのスタンプの方が私の思いが伝わるのではあるまいか?


LINEは電話やTV電話にもなるので、スマフォの通話料金が気になる時は娘にLINEでかける事もあるが、少々音質が悪かったりTV電話だと画像がカクカクになってしまう場合があるので、やはり文章やスタンプの方が記録も残るのでお奨め。普通のメールも絵文字が使えるのだが、機種が違うと表示されなかったり絵が小さいので、やはりLINEにはかなわない。このスタンプだが、40個(!)自作すれば売る事が出来る。その為には審査を通らなければならないのだが、昔は3ヶ月かかっていたのが今は5日だとかで、2016年現在では120円で販売すると、65%はLINEにとられてしまう。結構稼いだ人もいるらしいので、昔私もやって見ようかなと思ったのだが40個のハードルが高過ぎて断念した。”目は口ほどに物を言い”という諺があるけれど「スタンプは 口以上に 物を言う」


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誰もが始めは新人だった [社会]

入学式や入社式のシーズンだが、誰もが始めは新人だった。それが、数年もすれば慣れてしまい新人の頃の緊張感が無くなる。それはそれで良い事なのだが「初心わするべからず」でもある。ベテランになれば新入社員をはがゆく感じて、つい説教も出てしまう。私が高校生の時に通学路で見た光景が忘れられない。それは新入社員が路上で初老の上司にくってかかっていた。営業の挨拶廻りか何かだったのだろう。その時のセリフが「僕のどこが生意気なんですか!」だったが、私は「そういう口の利き方も生意気なのが何故解らないのだろうか?」と可笑しくなってしまった。初老の上司は「こいつには何を言っても無駄だな」と考えているようで、苦笑いしているばかりだった。どちらが正しいのかは解らないけれど、新入社員は組織の一員になったのであり、会社には上下関係があるのだから、このセリフは頂けない。上司に納得出来ないならば、冷静に自分の非がどこにあるのか上司に聞けば良い。


もう一つの光景は私が勤めていた頃に電車内で見たのだが、スーツ姿の女性の上司が新入社員に「そこを直しなさい、と私は言ってるの!」と説教していた。「私の言ってる事が解る?」と言っても新入社員は黙ったままだった。彼は何故怒られているのか理解出来ていないのだろう。女性に説教されるのも不愉快そうな顔だった。私は「彼は会社を辞めてしまうのかなあ」と感じながら聞いていた。冒頭の生意気な新入社員の話しと同じで、言う方も言われた方も、感情的になってしまうと伝わるものも伝わらなくなってしまう。少なくとも、新入社員は先輩の苦言を素直に受け止めるべきではないのかな?と思う。苦言に対して自分の考えを述べ、上司の考えを聞く必要がある。それでも納得出来なければ、会社など辞めてしまえば良いのだから(おいおい)。


私は入社して3年後に会社説明会を数年間やらされた。50人ほど集まった入社希望の新卒者にどういう会社なのかを会社の会議室で説明するのだが、説明する前に私がお辞儀をすると会場の新卒者達もいっせいに頭を下げる。そして彼等が頭をあげた瞬間、顔に「私はこの会社にどうしても入りたい」という熱意がどれだけあるのかが出てしまう。もう、目を見ただけでどんな気持ちで説明会に来たのかが解ってしまい、入社試験や面接など不要ではないかと思ってしまった程だ。昔、娘がアルバイトを捜していた時に面接しては不合格の連続で落ち込んでいた。面接でどんな事を尋ねられ、それに対しどう応えたのか娘に聞くと普通だった。普通という事は誰でも良い訳で、娘でなければという理由が無い。なので前述の話しをして「嘘でも良いから、このアルバイトがどうしてもやりたいんです、という顔をして面接を受けたら?」とアドバイスした。明日は花屋のバイトの面接だと言うので「この季節はどんなお花が売れるんですか?ぐらい聞きなさい」と言ったら「そんな事を聞いて来たアルバイト志望者は君が初めてだって店長に言われた」と娘が後日話してくれた。娘はどうせ落ちると思いその後も別のバイトの面接を2,3受けたらしいのだがすべて合格したと話してくれた。「私が可愛いからかな?」と数日前の落ち込みが嘘だったかのように完全に立ち直ってしまった。「可愛さも 中ぐらいなり 我が娘」(小林一茶からの盗作)


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櫻井よし子氏の「森友学園問題、あんな事」発言に異議あり! [政治]

日本会議(安倍総理特別顧問)主導の「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が3月29日、東京都内で大会を開かれ、ジャーナリストの櫻井よしこ・国民の会共同代表が「今の国会は森友学園ばかり。何が大事なんですか、あんなこと」と嘆き、「一日も早くちゃんとした国家のあり方を論じていただきたい」の発言が新聞記事にあった。森友問題を「あんなこと」と切り捨てた櫻井氏だが、私は「あんなこと」とは思わない。かなり前の新聞投書にも「国会ではもっと大事な事を議論すべきだ」という意見があったが、「いや、私はそうは思わない。政府を知る為に徹底的に解明すべきだ」という反論の投書が載った。私は数年前からTVで国会中継を観る時間が出来たので、出来るだけ見るようにしているが、野党の質問の中にはこんな問題を議論しているよりももっと大事な問題があるだろうと思われるような質疑もあったのだが、今回の森友問題は最重要課題で是非とも解明して貰いたい。何故なら、安倍政権とはどういう思想なのか、日本をどういう方向に押し進めようとしているのかを白日の下にさらけ出してくれたからだ。森友問題は、安倍政権とはこういう論理で動いているのだな、という事が良く解って興味深い。つまり、今の政権が何を考えているのか、それを実現する為にはどういう行動をとるのかということが、森友問題を追及する事で国民は知る事が出来るのだから、この問題を「あんなこと」で片付けてしまう櫻井氏と日本会議に恐ろしさを感じる。



そもそも「美しい日本の憲法をつくる国民の会(国民の会)」だが「美しい」のは「日本」なのか「憲法」なのかがあやふやだ。勿論、建前は「美しい日本の為の憲法」を目指すのだが、この「国民の会」の本音は「日本の為の美しい憲法」を作ろうとしているように思えてならない。「国民の会」のHPを見ると「私たちのめざす活動は..」
1.「美しい日本の憲法をつくる1,000万人賛同者(ネットワーク)」を拡大します
2. 「憲法改正の早期実現を求める」国会議員署名および地方議会決議を推進します
3. 全都道府県に「県民の会」を設立し、憲法改正の世論喚起をする広範な啓発活動を推進します
とあるのだが、どのような憲法を作ろうとしているのかが明文化されていないのだ。これでは賛同しようにも、目指す憲法の内容が明確でないのでは考える事も出来ない。多分だが、憲法第9条の「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」が美しくないので改憲しようとしているのだろう。それならば、それをうたうべきであろうと思うのだが、何故そうしないのか?私も今日の世界情勢をみれば彼らの主張も理解出来るのだが、憲法第9条を改憲したいのならば堂々と自分達の作ろうとしている憲法を国民に提示して賛同を求めるべきだろう。勝手に「国民の会」とか「日本会議」とかの名称は、日本国民の1人である私には迷惑な話で、外国から見れば日本国民全体の総意であるかのように受け取られかねないのだから。


籠池氏は日本会議大阪運営委員だったので、かつては日本会議に近い人々が学園の幼稚園で講演会を開いていた。ところが2月初旬以降、日本会議は「土地取得に全く関与していない」と表明、籠池氏と距離を置く説明を重ねて来た。籠池氏が「応援してくれていた方々が手のひらを返すように離れた」と嘆くのも無理もない。それにしても幼稚園での講演会の対象は誰だったのだろう?まさか幼稚園児ではあるまいから、保護者だろうか?美しい日本を担う幼稚園児達が大人の思惑で汚されてしまうのは許されまい。それは教育ではなくて刷り込みだ。「愛国者:全体の利益よりも一部分の利益の方が大事だと考えている人。政治家のカモ。征服者の道具」(悪魔の辞典から引用)


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ロスト「東京タラレバ娘」と「カルテット」 [TV]

もう終わってしまってかなり時間が経ってしまったが、2つ共大好きで毎週見ていたTVドラマだった。その前の「逃げるは恥だが役に立つ」も途中から見始めたら、星野源の魅力にはまってしまい最後まで見てしまった。それにしても星野源はNHKのLIFEにも「うそ太郎」で出演していたっけ。私はLIFEを観ていてもあまり笑えないけれど、笑わせようとするネタは伝わって来る。少し頭で考え過ぎのコントでは?と毎回観ていて感じた。私が笑ってしまうのは計算された笑いではなくアドリブのところだ。それにしても星野源は1人でシンガーソングライター、俳優、文筆家と何役もこなし、本を読んだ事はないけれど、多分面白いのだろう。いっそうの活躍を期待します。


「東京タラレバ娘」の魅力は何だったのだろう?ドラマのコンセプトだろうか?「逃げるは恥だが役に立つ」も漫画が原作で、今時の漫画のストーリーは良く出来ているなあと感心してしまう。年寄りの私が言うのも何だけれど、今時の若い大人が良く描かれている。主人公は女性3人なのだろうが、やはり主役は吉高由里子だろう。彼女は映画「ロボジー」で私が気になる女優になってしまった。演技はさほど上手いとは思わないけれど、彼女にしか出来ない役があるような気がする。女性3人で大島優子の父親が経営する居酒屋「呑んべえ」での女子会のシーンが毎回何度かあるのだけれど、壁に貼ってある色紙が気になったので、録画しておいて再生時にポーズをかけて読んで見たら「人生一生 酒一升 あるかと思えば もう空か」だった。いかにも居酒屋に貼ってある色紙の文句だよなあ、と細かい処にまでこだわって製作している姿勢に脱帽。


最後に「カルテット」だが、私は松たか子と満島ひかりが大好きで、しかも音楽がからむストーリー展開なので余計に面白かった。ラストに流れる椎名林檎の歌う「おとなの掟」も、それと一緒に写される映像も凄かった。それにしても、このドラマは名言が多かった。朝日新聞の「折々のことば」にも取り上げられていたのが「泣きながらご飯食べたことある人は 生きていけます」で本当にそう思う。他にも「嘘つきはオトナの始まり」「夫婦って 別れられる家族なんだと思います」「告白は子供がするものですよ、大人は誘惑してください」「ゴミを捨てない人間はゴミから見てもゴミです」等々、独特な空間の中で独特な間で言われると、思わずはっとしてしまう事が何度かあった。こういう間は松田龍平と高橋一生が加わった4人がいるからこそなのだろう。カルテットの名前がドーナツホールというのも洒落ていて、いかにも4人に相応しい。NHKの朝ドラ「梅ちゃん先生」で「ドーナツの穴を残してドーナツを食べられるか」という会話を思い出した。穴がなければドーナツではないが、穴は何の役にも立たない訳ではなくて、ドーナツには不可欠な穴なのだ。そういう意味も込められたカルテット名なのだろう。このドラマに続編があるような気がするのは私だけだろうか?続編を作って貰わないと、穴だけ残ってしまったような気分の私はどうすれば良いのだろう?「音楽っていうのはドーナツの穴のようなもんだ 何かが欠けているやつが奏でるから音楽になるんだぜ」


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アマゾンの1円書籍が? [教育・生活]

アンブローズ・ビアスの「悪魔の辞典」が欲しくてアマゾンで文庫本を捜したら、訳者によって何種類かあったのだが、筒井康隆訳は上下2巻に別れており、上巻は1円、下巻は114円で売っていて、送料は共に257円だった。8日に注文したのだが、上巻は10日昼に届いていた。下巻も発送済みだというので相変わらずアマゾンは早い、早過ぎるくらいだ。宅急便の従業員がねをあげる訳である(メール便なので関係ないか)。気になったのが1円で利益が出るのだろうか?だが、ネットで調べて見て利益が出る理由が解った。つまり、文庫本なのでメール便で送れて、この料金が契約次第で100~160円程度。アマゾンの取り分は1点あたり60円なので、結局、本代1円+送料257円-メール便代100円-アマゾン取り分60円=98円の利益が出るのだという。届いた本は新品と言っても良い位の状態で、定価は838円だった。筒井康隆が自書を1円で売られている事に腹を立てねば良いが、と訳者が気の毒になってしまう。


「悪魔の辞典」は昔持っており、何時までも手元に置くべき1冊だと思っていたのだが、引越しの時にブックオフ等に売ってしまったのだろう。アンブローズ・ビアスはアメリカ生まれの小説家、ジャーナリストと筆者紹介に書いてある。訳者の筒井康隆だが私は最初SF作家だと思っていたのだが、新作を待って読んでいるうちに、そんな枠などに大人しく収まっている人ではなく劇作家、俳優までこなすようになった。そしてクラリネットを演奏するジャズミュージシャンでもある。私が楽器ならクラリネットをお奨めするのは、筒井康隆先生でも吹けるからである。もっとも彼はホラを吹く方が何千倍も上手い(筒井先生、御免なさい)。映画にもなった「時をかける少女」も彼の作品であるが私には毒が無くてあまり面白くない。彼の良さは初期の毒のある作品にあると私は思っていて、はまるとなかなか抜け出せない。そんな毒を持った彼がさらに毒を持っているアンブローズ・ビアスの「悪魔の辞典」を訳したのだから、面白くない訳がない、と思いきやパラパラと読んで見たのだが、昔初めて読んだ時の感動や笑いが蘇って来ない。多分、私の感性が老化したのだろう。


それでもやはり破壊力が凄いので、本のカバーにも使われている名言(?)を幾つか紹介する。「格言:歯が弱い人のために、あらかじめ骨を抜いてある知恵」「空気:貧乏人でも肥れるように、神が気前よく与えてくれる栄養物質」「食欲:なぜおれは働かねばならんのか、という疑問の答えとして神が与えた本能」「やすらぎ:隣人の不安を見て生じる心理」等、かなりの毒が含まれている。読み手によっては「どこが面白いのか?」という方もおいでになると思うが、そう感じる方はまともな精神の持ち主である。それでもこの辞典が1909年から12年かけて作られているので、おおよそ100年前になるのだけれど「大砲:国境線の修正に使われる道具」「反乱:成功しなかった革命」などは今でも説得力があるので恐ろしい。100年過ぎても、世界のどこかで戦争が在り、止むどころか拡がる一方である。「一年:365回の失望から成る一定の期間」


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