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「ノーナレ」番組?のうなれば嬉しいかも [TV]

記事タイトルを翻訳すると”「ノーナレーション」番組か、成程「ナレーション」が無くなれば嬉しいかも知れない”の意味である(いつも通り、ちょっと苦しい駄洒落になってしまった)。新聞のTV番組表を見て、NHK欄に「ノーナレ 元ヤクザが開くうどん店に密着!知られざる第二の人生」という番組を夜10時から放送する事を知ったのだが、この「ノーナレ」が私には解らなかった。「脳慣れ?NO慣れ?違うなあ」と思いながら、「ノーナレーション」の略であることに10秒程かかってようやく気が付いた。それにしてもNHKは「シブ5時」等のタイトル名の番組を放送して良いのだろうか?と思う。この「シブ」が「渋谷」である事を理解できない人が全国にかなりおいでなるのではないかと思う。NHK放送センターが東京都渋谷区にある事から付けられたらしいのだが、「シブヤ」の「ヤ」を取っただけで意味不明になっていて、縮めれば良いというものでもあるまい。民放ならともかく「公共放送が日本語を乱してどうする!」と文句の一つも言いたくなる。「ブラタモリ」も...止めておこう。


ひとくさり「ノーナレ」「シブ5時」にいちゃもんをつけさせて頂いたが、番組は素晴らしかった。「ナレーション」とは「解説」の意味だと思うのだが、余分な解説を省いた番組が観ていてこんなに惹きつけられるとは思わなかった。テーマが「元ヤクザ」という事もあったのかも知れないが、解説が無いので映像を真剣に観ていないと製作者が伝えたい事を見逃してしまう。普通、この類のTV番組には必ず声の解説があり、映像から目を離しても聞こえてくる解説で理解した気分になっているんだなあ、と気付かされた。つまり、解説を頼りにしてろくすっぽ画面を観ておらず、下手をすると解説通りの映像が映っている事を確認しているだけになっている。番組は「元ヤクザ」がうどん屋を開いて第二の人生を歩もうとしているのだが、ナレーションが無いので「元ヤクザ」が何を考えているのか?は目を見て自分で考えるしかない。番組は数人の「元ヤクザ」が一生懸命立ち直ろうとしている表情や振る舞いを映すだけだったので、余計に迫力があった。ドキュメンタリー番組等は「ノーナレ」で良いのではあるまいか?


スポーツ番組の「ノーナレ」はどうだろう?私が嫌いなのは、ズバリ「ゴルフ番組の戸張捷」この人がビッグトーナメント等で、とうとうとウンチクを垂れる解説には辟易する。逆に大好きなのが「プロ野球の桑田真澄、江川卓、古田 敦也」で技術や選手の心理状態を教えてくれるので、聞いていて楽しい(元阪神の川藤など、解説になっていないが勘弁してやって下さい)。そして「大相撲の北の富士と舞の海」だが、北の富士が老人(?)になって来た事もあって、最近ますます二人の解説のやり取りが面白い。それにしても、勝った力士が息も絶え絶えだったり、感極まっているのにインタビューに応えなければならないのは、見ていて気の毒にさえなる。それこそ「ノーナレ」の方が勝った力士の感動が伝わって来るのだと思う。私はこれまでスポーツは解説付きで観ていたのだが、プロ野球中継も解説無しで観られる時代なので、スポーツも「ノーナレ」で観る事にしようかな?その方が見えて来るものが多いのかも知れない。「解説の 自慢話に うんざりし」


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「鉄腕!DASH!0円食堂」と「東京・戦後ゼロ年」 [社会]

タイトルの二つのTV番組はどちらも「ゼロ」が付くのだが、内容には天と地程の差があった。どちらも20日、日曜日の夜の番組だが偶然に重なってしまったのも天の配慮かも知れない。番組をご存知ない方もおいでになると思うので、簡単に説明させて頂く。まず「鉄腕!DASH!0円食堂」だが、「TOKIO」というアイドルグループ(?)のメンバーが、ある土地を訪れ、主に生産者から「捨ててしまう材料」を集めて料理をし、提供者の方に食べて頂く番組である。今回は「九十九里浜」で、「釣り船屋の長五郎丸のお客さんが持ち帰りきれないので置いていったヒラメ」「トウモロコシ農家の大久保さんの形が悪いとか変形したトウモロコシ」「マッシュルーム農家・渡辺さんの形が微妙に変化のあるマッシュルーム」「メロン農家の菅谷さんの大きく割れたので出荷できないメロン」「卵の直売所サントクファームの運搬途中にどうしても衝撃で割れてしまった卵」「豚肉加工を行っている柴さんのご自宅兼加工場から豚の腎臓」と超豪華である。なので、出来た料理は不味かろう筈もない。この番組に控え目(?)なコメントをさせて頂くと「日本は豊かになったが、食料の自給率を考えると恐ろしい」「今まで廃棄するしかなかった材料で何か料理を考えて、その土地の名物をつくれないものか?」「大したヒット曲が無いのだから、本業の音楽活動にもっと本腰を入れろ!」程度にさせて頂く。息子が好きな番組なので仕方なく観ているけれど、結構人気番組らしい。


「0円食堂」が天だとすれば、NHKスペシャル番組の「東京・戦後ゼロ年」は地どころか、地獄に近い。番組のサブタイトルは「東京ブラックホール1945-1946」で戦争に負けた日本の世相を貴重な白黒の映像で見せてくれた。大空襲で焼け野原になった東京を背景に、地獄のような悲惨な生活を強いられている庶民と、敗戦を利用して大儲けようとしている政治家、軍人、商人、やくざ等々の人物が次々と映し出された。天皇の「人間宣言」にまで踏み込んでおり、天皇の代わりに「我こそが神だ!」という新興宗教が次々と現れ、中でも北村サヨの「踊る宗教」で信者が踊り狂う様は、正に地獄である。それにしても「NHKも凄い事をやるなあ」と感心してしまった。「百聞は一見に如かず」という言葉があるけれど、1952年生まれの私は祖父や祖母、父や母から終戦直後の様子を聞いていたので、ある程度の知識はあったつもりなのだが、まさかこれ程酷いとは思わなかった。父は当時浅草で警察官をしていたのだが、余り東京での苦労話をしたがらなかったのも、実態があまり悲惨過ぎて田舎で生まれ育った私に話したところで、実感も湧くまいと考えたのだろう。この番組を観てつくづくそう思う。


1945年ならば今から72年前なのだが、「随分昔の話」なのか「つい最近の事」なのかは人それぞれだろうけれど、高齢であればある程「つい最近の事」なのではあるまいか?そういう人が「0円食堂」を御覧になったら、どんなお気持ちになられるのだろう?少なくとも「食べ物を捨てられる程、豊かになった」と喜ぶ人はおいでにならないと思う。誰でもスーパーで買う時は「曲がったキュウリ」や「形の悪いトマト」を選ばないし「割れた卵」など論外だろう。なので生産者も本当は捨てたくないのだが、捨てざるを得ないのだろうし、賞味期限切れの食料も捨てざるを得ないのが現実なのだ。「戦後ゼロ年」は「日本がゼロから出発した年」の筈なのだが、72年かけて到達したのが「本当は価値があるのにゼロ円にされてしまった食料で溢れている日本」なのだ。何とかならないものだろうか?私が考えたのは「賞味期限 なまじあるから 無駄が出る」なのだが、ネットでもっと良い川柳を見つけた。「賞味期限 戦中生まれは 気にしない」


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免許が無いとバブル世代から「免ハラ」 [社会]

私は「免ハラ」という言葉がある事を、あるネットの記事で初めて知った。その記事を「マネーポストWEB」から一部抜粋引用させて頂く。”「特に50代くらいのバブル世代の男性に、免許がないことを知られると大変なんです。『それでも男か?』『車は男のロマンだ』『それじゃ女の子にはモテない』『俺らの時代は車でよくデートしたもんだ。ナンパもしたな』など、やたら車と「男たるもの」とか、女性を関連付けて話をしてくる。さらには『20代初めまでに取っておかないと、後々取るのが大変』とかなんとか。僕の免許未取得を酒の肴に、だから何だというような昔話を延々……。もう免許ハラスメントですよ。車でモテたとしても、それは本質的にその人がモテているわけではないと思うんですけどね」”とあった。記事のタイトルは”「免許離れ」する若者、バブル世代からの「免ハラ」被害も”である。都会に住んでいれば、車など不要なのかもしれないし、独身の若者が都内で車を持つのは大変だ。月極駐車場の料金は高いし、自動車税もあり、当然、ガソリン代もかかる。週末に乗る程度ならば、車など不要と考えるのも当たり前で、高いお金を出して教習所に通い、使い道は身分証明書代わりでしかないペーパードライバーも沢山おいでだろう。


そんな記事を読んだ後に目にとまったのが”地方では300メートル先のコンビニに車移動が当たり前? 夏休みの帰省で驚いたこと”という記事で、”「帰省中ワイ『ちょっとコンビニ(300メートル位先)行ってくるわ』親戚一同『!!??』」というスレッドが立った。スレ主は帰省した際、300メートルほどの距離にあるコンビニに行こうとしたところ、親戚から「だれか車出してあげれば?」「そうだよねえ車でないとちょっと」などと言われたという。スレ主は、「なんやねんこいつら徒歩で道路出たら死ぬんか?」と驚きを隠せない。京都府出身女性「帰省時に歩いていたらジロジロ見られた」スレッドでは、「田舎の距離感覚ヤバい」「田舎はほんとこれ」など、スレ主の驚きに共感するコメントが相次いだ。ほかにも、「学生以外チャリは許されない風潮」「田舎者がどんなに車依存していても知ったことじゃないが、歩いてる大人は不審者みたいな風潮やめろや」”。以上は”@niftyニュース”から一部抜粋引用させて頂いた。


NHKのTV番組に「鶴瓶の家族に乾杯」というのがあり、私の大好きな番組だ。この番組を観ていて思うのは「人っ子一人歩いてない町が日本には多いなあ」なのだが、歩いている人が見当たらないだけで、実際にはその町で元気一杯に働いて生活されている方が沢山おいでになるので感心してしまう。車が下駄代わりなのだろうから「300メートル先のコンビニに車」は少し極端かも知れないが、成程なあとも思う。田舎に住んでいる私の姉や兄の家にも、大人の数だけ車があり、自家用車ならぬ自己用車だ。「免許不要の都会の若者」と「車は必須の田舎の若者」のどちらが体力があるのだろう?前者は「電車の乗り継ぎで足腰は鍛えている」だろうし、後者は「農作業で力仕事は日常茶飯事」なので両者互角かも知れないが、どちらも老後が心配である。都会も田舎も同じ日本なのだが、何だか二つの別な世界があるような気がして来た。「免許証 切れてますねと 銀行で」(ネットから借用)


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世界と日本の三大がっかり名所 [お笑い]

ネットに「世界三大がっかり名所」の記事があり、「ブリュッセルの小便小僧」「コペンハーゲンの人魚姫」「シンガポールのマーライオン」なのだそうだ。「私はそうは思わなかった!」と言ってみたいけれど、私はどれも行った事が無い。どんな風にがっかりなのか?は記事を読むしか無いのだが、わざわざがっかりする理由を知ったところでどうにもなるまい。「世界三大がっかり名所巡り」というツアーを旅行会社が組んだら、以外と満席になったりするのかも知れない。「がっかり名所」は何となく「お見合い写真」に似ているような気がする。期待に胸が膨らんで会ってはみたけれど、どうも写真と違うような気がするが、でもよくよく見ればそう見えなくもない(お見合い写真が原形を留めていない程、激しい修正が加えられていたならば別だが)。


世界は放っておいて、私が観てがっかりした日本の三大名所を紹介する。まずは「札幌の時計台」で「蛍雪時代」という大学受験雑誌の表紙に良く使われていたので、一度は実物を観てみたいと思っていた。入社して数年後に札幌で仕事があり、すぐに夢は叶ったのだが、見なきゃ良かった。大きなビルに挟まれており、雑誌等で観ている時計台は絶妙なアングルで切り取られた写真の一部でしかない。思わず「金返せ!」と言いたくなったが、考えて見れば無料だった。次が「鳥取砂丘」で余りの狭さに絶句した。何も「ゴビ砂漠」や「サハラ砂漠」並みの大きさを期待した訳では無いのだが、あの砂丘を越えても、砂漠が拡がっているんだろうな、と思い砂丘のてっぺんに到着したら、もう海だった。「砂漠というより砂浜の大きな奴だよなあ」、ここでも又「金..」しつこいので止めます。もっとも、本物の砂漠並みの広さだったら行きたくも無いけれど。


そして最後は「飯盛山」で、”白虎隊”の墓があるので有名な観光地なのだが、私の故郷でもある。福島県会津若松市にあるのだが「どうしてこんなつまらない物をわざわざ観に来るのか?」と高校生位の時から不思議で仕方が無かったし、今でもそう思う。昔、姉が「飯盛山」の土産物店で働いていて「関西客が多いが、冷やかしばかりで商売にならない」と嘆いていた。「東北に来たのにどうしてこんなに暑いのか!ハイライトが120円?高い!」という関西人まで現れる始末で「暑いのは私のせいじゃありません!会津は盆地なので夏でも暑いんです!ハイライトは全国どこでも120円です!」と言い返したかったが、客商売なのでじっと我慢したと言う。「飯盛山」とは言っても小高い山に過ぎず、山頂までは183の石段を登れば良いのだが、観光客目当てに「動く坂道」という名のスロープコンベア(ベルトコンベアでは観光客が物になってしまい、具合が悪い)があり、大人250円で小学生は150円と結構高い。「白虎隊の墓参りに来たのだから、石段ぐらい登らんかい!」と思うのだが、結構利用客が多い。山頂に登っても、「白虎隊十九士の墓」「各地で戦死した三十一士の墓」「イタリア並びにドイツから贈られた記念碑」があり、途中には「さざえ堂」「宇賀神堂」「厳島神社」「白虎隊引揚の洞門」「市天然記念物の太夫桜」と名前だけは立派だが、実際に観てみると「がっかりする」物ばかりしかない。なので「飯盛山」にはおいでにならない方が良い。それでもがっかりしたいならば、止めません。「どれだけがっかりしたか!」を知人に話す為には持って来いの場所ではあるので。「観光地 期待通りに がっかりし」


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「ゾウガメ発見50万円ニュース」はロールシャッハ・テスト [社会]

”岡山県玉野市の渋川動物公園から大型陸亀のアルダブラゾウガメ「アブー」が2017年8月1日に逃げ出し、飼育員らが血眼になって探すものの「フン一つ」見つからなかった。園は発見者に懸賞金50万円を贈ることを14日に発表し、親子連れ2人が16日午後に元気なアブーを園から約100メートル先の茂みで発見した。発見までの所要時間は、なんと15分ほど。ネット上では「時給200万円か、スゲー!」などといった声が挙がったが、どうしてそのような場所にいたアブーを、園の飼育員たちは発見できなかったのだろうか?”。このニュースには続きがあり”宮本園長は取材に対し、「メディアの方々には大きな声で言えないことがあるんですよ」とし、小声でこんなことを話してくれた。アブーが発見された場所は飼育員がこれまで2度探しに行っていてフンや食べかすなど痕跡は一切なかった。しかもあの場所、本来は調べる必要がないという。それは側溝があるためカメはあちら側には行けない、というのだ。そして戻ってきたアブーを見た時に「なるほど!」と思ったという。居なくなった時と様相が違っていて、甲羅がピカピカで体には埃一つないような状態だった。お腹を空かせている様子もなかったという。「とにかくアブーが見つかり言葉にならないくらい嬉しいし、捜索に協力してくれた人、懸賞金をゲットして大喜びをしてくれた親子、結論としては全部丸く収まった。みんな喜んでくれて万々歳、ということです」と宮本園長は喜んでいた”。


私はこのニュースをTVで観ていて「何か変だな」と思ったのだが、ネットの記事で園長の談話を見つけ、ある程度納得してしまった。私が「変だな」と思ったのは「発見場所が動物園に近過ぎる」「賞金をかけたらすぐに捕まっている」「あんな大きな動物が長時間目立たずに逃げていられる訳が無い」等々。そこを園長は「誰かが偶然に見つけて、その人は出来心で大切に飼おうかなと思ったのだが、まさかこんなに大騒ぎになるとは思っていなかった。なのでそっと返したいのだが、今さら手渡しは出来ないので何か良い方法は無い物か?賞金でもかけてくれれば大騒ぎになり、大勢で探しているところにそっと置いておけば、無事発見してくれるだろう、と考えたのだろう」と言っているのだと思うので、優しい園長ではある。ネットの書き込みには「イイ話が一気にゲスい話に・・」「見つけた親子が犯人だ!子供が可哀そう」「飼うつもりで盗んだのか。懸賞金目当てで盗んだのか」「いやいやいや。それは思っても言っちゃダメだろうw」「親父の雰囲気と子供のバツの悪そうな感じで、何となく察したわ」と、どうしても発見者の親子を犯人にしたいらしい。私はこういう反応を見ると「ロールシャッハ・テスト」を思い出してしまう。このニュースに自分なりの感想を述べているつもりが、コメントに自分がさらけだされてしまっている事に気が付かない。他人事ではないけれど。


我が家の隣の家では亀を飼っていて、ひと月に一度、回覧板を届ける時にそっと覗いて元気かどうか見るのが楽しみだ。飼われて居る場所は池などではなく、リンゴ箱より少し大きなプラスチックの箱の中。箱は屋根がある駐車場においてあるので雨に濡れる心配はないのだが、亀以外は何も入っておらず水が体を濡らす程度。大きさは20cm位だろうか?なので彼の全世界は60x30x30cm程度でしかない。「幸せ?」と聞いて見るが返事は無い(当たり前)。「自分も似たようなもんかな?」とも思う。自分がどんな容器に入っているのかさえ解っていないのだから。もし、自分が容器の中で飼われている事を知ったなら、一度は逃げ出したくなるだろうが、ゾウガメ程の価値も無いので50万円もの懸賞金をかけて探してはくれまい。「真相は カメのみぞ 知る」


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戦後の食品3大発明 カニカマ インスタントラーメン レトルトカレー [料理]

TV番組の「マツコの知らない世界」を観ていたら、「練りもの」を取り上げていた。この番組を観ていて、つくづく思うのは「世間は広いなあ」という事で、毎週、ある物にはまってしまった人が登場するのだが、「マツコでなくとも、マニア以外誰も知るまい」という世界が多く、良くスタッフが探して来るものだ、と感心してしまう。さて「練もの」だが、その時の新聞の見出しが「練り物世界!全国2万種から厳選10品&カニカマを超えた!?うなぎの〇〇ブーム到来」で、「練り物」にはまった人が「いまだにこれを超えられない」と言って紹介したのが「カニカマ」で「戦後の食品3大発明の一つ」なのだという。残りの二つは「インスタントラーメン」と「レトルトカレー」で、何となく「カニカマ」は他の二つとはちょっと違うような気がする。主役にはなれずに脇役に過ぎない食べ物だからだろうか?ちなみに「カニカマ」のようなヒットを狙って開発された「うなぎの蒲焼」が紹介されていたけれど、美味しそうだった。もっとも「マツコ」は何でも美味しく食べるのだが、それも彼女(?)の才能の一つなのだろう。


「カニカマ」に「カニ」など入っていない事など、誰でも承知だろう。それ程、ポピュラーな食品になってしまっている。「カニカマ」を買って帰り、自宅で食べて「騙された」と思う人などおるまい。逆に「カニカマ」が「カニの入っているかまぼこ」だと思って、美味しく食べている人は幸せではあるまいか?こういう食品を偽物食品と呼ぶのは、開発したメーカーが気の毒になるし、「偽物食品だから食べない」人がおいでになっても構わないが、少し柔軟性に欠ける。ネットで「偽物食品と呼ばれている可哀そうな品物」を調べて見たら、何点か見つかったので紹介する。中には中国製もあったのだが、中国製は気分が悪くなるので割愛させて頂く。そもそも中国製は「偽物」では無く「毒物」だ。まずは「発泡酒」で「ビールに似せた偽物」だと敬遠している人もいるが、私など本物のビール、例えば「スーパードライ」などより余程美味しい。飲み慣れているせいもあるが「偽物」呼ばわりはいかがなものか?「マーガリン」も「バター」の偽物だという人もいるけれど、そもそも別物であろう。最近のマーガリンは結構良く出来ていて、「トーストにはマーガリン」で異存は無い(トランス脂肪酸には注意)。「カニカマ」を「カニ」、「発泡酒」を「ビール」、「マーガリン」を「バター」として売るのは問題だが、これらの製品は正々堂々と名乗って販売されているので、偽物食品ではない。


昔、「赤玉ポートワイン」という寿屋洋酒店(現・サントリー)が発売したワインがあって、日本で始めて製作されたヌードポスターでも有名だ。この「ポート」とはポルト港から由来しているもので、ポルトガル産を意味している。後に、商標権に問題があるとポルトガル政府からの抗議を受けて、現在は名前が『赤玉スイートワイン』に変わって今でも売られている。アルコール度数は14度もあるので、甘くて飲み口が良いので飲みすぎに注意が必要。子供の時に飲んで「ワインとはこういう味なのだ」と思っていた私は、初めて本物のワインを飲んだ時に「腐っている」と思い、吐き出してしまった。今は逆に「ポートワイン」を飲むと吐き出すかも知れない(そんな勿体ない事はしないけれど)。この「ポートワイン」も立派な「ワイン」で、「ワイン」の偽物などでは決してないし、正々堂々と「ポートワイン」と名乗っている。困るのは「偽物」なのに「本物」と見せかけて売っている商品で、「イクラ」「キャビア」「コーヒーフレッシュ」「合成清酒」等々、「値段を考えれば、わかるだろう」の言い訳は許されまい。「これイクラ? 返ってきたのは 値段だけ」


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ゴミ分別AIに「旦那」と入れたら神回答 [教育・生活]

ネットでニュースを読んでいたら”横浜市資源循環局がホームページで公開しているAIを使ったチャットボット「イーオのごみ分別案内」がツイッターで話題です。LINEのような画面に、捨てたいごみの名前を入力すると、マスコットの「イーオ」が捨て方を教えてくれるサービスなのですが、ここに「旦那」と入力した人が現れると、絶妙な回答が…”とあり、その回答は”「人間は判断力の欠如によって結婚し、忍耐力の欠如によって離婚し、記憶力の欠如によって再婚する」ってアルマン・サラクルーは言っていたよ。忍耐力を鍛えてみたら、どうかな。”という記事が目に留まった。この回答はAIが考えたのではなく、横浜市資源循環局の職員の方が考えたのだという。担当者は「文言は関係する職員みんなで考えました。名言などを引用し、困って入力されている方が不愉快にならないよう、想像しながら決めました。個人的な意見が入っている訳ではありません」だった。AIという名前がついているので、私は「最近のAIは凄い!」と驚いてしまったが、AIとは程遠く、回答に困った質問には利用者が不愉快にならないように職員が知恵を絞って答えていたのだ。今の技術でも、AIに不愉快を理解させるのは無理だろう。


他にも「結婚」と入力すると、”結婚は多くの苦悩を生むが、独身は何の喜びも生まない」ってサミュエル・ジョンソンが言ってたよ。今日は寝て、明日もう一度考えてみようか”。「ライター」と入れると、”捨てたいものが、ライター(使い捨てガスライター)なら、捨て方は、燃やすごみだよ。中身を使い切ってね。故障等で中身が出せないものは 収集事務所 に相談してね。ライターのガスが残っていたため収集車が燃えてしまったこともあるんだ。中身は使い切ろう!”と、さすがのその辺りはぬかりが無い。その他にも「人生」、「怒り」、「彼氏」などの言葉にも対応しているとか。こういったゴミを捨てたい人は、世の中に溢れているのでとても横浜市だけでは処理しきれまい。それにしても、アルマン・サラクルー(フランスの劇作家)、サミュエル・ジョンソン(イングランドの文学者)を横浜市資源循環局の職員の方がご存知とは、おみそれしました。


それにしても、私が住んでいる埼玉県所沢市は「ごみ分別」に厳しいので、この「ごみ分別」サービスが羨ましい。例えば「ペットボトルの日」があるのだが、ペットボトルのキャップを外し、ラベルを剥がし、水洗いをしてゴミ収集所に出さないと、持って行ってくれないのだ。ペットボトルのキャップなど、本体に「輪っか」が残るので、そこまで厳しくせずとも良いと思うのだが、ルールはルールで、数年前TVでペットボトル本体に残ったキャップの「輪っか」だけを取り除く機械がある事を知った、「燃やせるゴミ」と「プラスチック」は別けなければならないのだが、「燃やせるゴミ」の袋はスーパーのビニール袋、ポリ袋等でもOKなので「何だかなあ」である。ティッシュペーパーの箱の取り出し口に付いているビニールも、本当はひっぺがして「燃やせるゴミ」と「プラスチック」に別けなければならないのかも知れないが、面倒なのでそのまま「燃やせるゴミ」だ。厄介なのが、冒頭に述べたような目に見えないゴミの処分ではあるまいか?そしてもっと厄介なのは、ある人にはゴミでも、他人には宝物だったりする事で、ゴミと宝物の間を行ったり来たりしている物もあるという事だ。そして一番厄介なのは、深く考えもせずゴミだと思って捨ててしまった物を後悔する事ではなかろうか?「目に見える ゴミなどたいした ゴミじゃない」


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甲子園のスタンドで応援する野球部員の人生はくだらないか? [スポーツ]

ネットに”ぼく「三年でスタンドで応援してる奴らの人生ってくだらないよなw」と学校で言った結果”というタイトルの書き込みがあったので、気になって読んで見た。”「人間には様々な役割がある。キミの見方は一面的」「彼らは彼らなりに貢献しているのに失礼」「仲間を応援してなにがわるい?」とかボロクソ教師からもふくめてたたかれたんだがw オレなんかまちがってたの?w”とスレ主は悪びれた様子もない。最近は、こういう考え方をする高校生(多分)が多いのだろう。私の頭をよぎったのは「彼は帰宅部ではあるまいか?」という事で、部活で何らかのスポーツをやっているならば、こういう感想を持つ事はあるまいと考えたからだ。そして「自分の何が悪いのか?」も理解出来ていない、言わばまだ子供である。彼の疑問に対する書き込みを見ても「小学生かな」「目立つ物しか注目出来ないから物事を見誤るよ 影で苦労しているやつもいることを忘れたらアカンで」という書き込みにもめげず、スレ主は「応援するために部活入ったわけじゃないでしょうがw」「スタンドの応援はいらないでしょうがw」「純粋に疑問なんですw あんたの人生それでいいのかっておもうんですw」と反論して、自分の考えの幼さを素直に認めない。彼に同調して「坊主にして、朝から晩まで野球の事を考えさせられて、先輩からは挨拶の強要や雑用の押し付けをやらされ それを三年耐えた結果がスタンド絶叫マン」というする書き込みもあったが、「たった3年間の出来事で人生を語るな!」という反論があったので、少し安心した。強制ならいざしらず、本人が好きで、納得して、熱心にやっている事に対して、何の努力もした事もなさそうな、それでいて浅はかでこざかしい若者に久々にムカついてしまった。多分、彼は今のままでは一生変わるまい。


娘と孫が遊びに来たので、近くの航空公園に遊びに行ったら、どこからか太鼓を鳴らして大勢で応援している声が聞こえる。そういえば公園内に野球場があった事を思い出し、覗いて見る事にした。試合は「平成29年度夏季西部地区高校野球新人大会」で「狭山工業対星野高校」だった。応援していたのは三塁側スタンドの星野高校のベンチに入れない野球部員達と生徒達で総勢60人位で全員総立ち。今、甲子園が熱いけれど、ここにも野球が大好きな若者がいる事を知り嬉しくなってしまった。試合は2回表が始まったばかりで、スコアは4-4である。結構、好試合かなと思って暫く観戦する事にしたのだが、やけに一塁側が静か過ぎる。ベンチを見たら、部員が見当たらないし、一塁側スタンドにも数人が座っているだけで、寂しい限りだった。試合は星野高校の一方的な試合になり、結果を見ずに野球場を離れてしまったが、多分コールドゲームだろう。帰宅してネットで狭山工業の野球部を調べたら、部員数11人の1、2年生だけのチームだった(星野高校は60人)。「どちらのチームに入った方が楽しいのだろうか?」という疑問が湧いたが、愚問だろう。「弱小チームだが、部員が少ないので試合に出られる」か「強豪チームなので部員数も多くベンチ入りも出来ないかも知れないが、それは自分の努力次第だ」と考えるかは本人次第であるし、どちらでも間違いではない。


今、甲子園で行われている全国高校野球選手権大会を観ていると、ベンチに入れないのでスタンドで熱心に応援している野球部員の多さに驚く。甲子園出場校の部員数を調べて見たら、仙台育英の150人を筆頭に智弁和歌山の32人まで、ずらりと部員数が並んでおり、100人を超える高校だけでも12校、50人以下など僅か5校しかない。なので、ベンチ入り出来ない若者の方が圧倒的に多いが、彼らの必死の応援も高校野球を熱くする一つの理由ではあるまいか?冒頭で「スタンドで応援する野球部員の人生はくだらない」とうそぶいた若者が、彼らを前にしても同じ事が言えるのかどうか見てみたい。その時に彼の頭をファウルボールが直撃しなければ良いのだが、万が一当たっても彼の頭は硬式ボールより硬いのでたいした怪我もしまい。「井の中の蛙 大会を知らず」


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新聞の人生相談は役に立つのだろうか? [夫婦]

朝日新聞にも、毎日新聞にも人生相談のコーナーが有り、時々参考(?)の為に読ませて頂いている。朝日新聞の土曜日には「be」という別刷紙に「悩みのるつぼ」というタイトルで人生相談の記事があり、回答者は4~5人おいでになるのだが、美輪明宏の回答が秀逸で特に楽しみ(不謹慎で御免)にしている。私が何故、美輪明宏が好きなのかというと回答が相談者に歯に衣着せずに明快なのだ。多分だが、ほとんどの相談者は自分がどうすれば良いかを知っていて、その踏ん切りがつかないので相談という名を借りて、自分の気持ちを文章にして整理しているように思える(中にはそうでもない人もおいでになるけれど)。ネットで典型的な相談者と美輪明宏の回答を見つけたので紹介させて頂く。


50代の女性が「年下の男性を好きになりました」の相談で”夫とは結婚25年、子供がいます。いい年をして、職場の男性を好きになってしまいました。彼は30代、結婚しています。平凡だった毎日は、彼のおかげでとても楽しくなりました。彼の人となりを折に触れ感じることで、恋に変わってしまいました。もちろん相手は私の気持ちを知りませんし、今後も伝えるつもりはありません。若い頃の片思いと違うのは、なにも希望がないということです。今日は話せた、話せなかったで一喜一憂し、他の女性と話しているのを見ただけで心が泡立ちます。また彼に少しでも若く見られたいと美容やダイエットに励み、おしゃれをする。それが楽しみになっているのも、もう一人の私です。(中略)美輪さん、私は恋をしていていいのでしょうか?”これに対する回答が”50歳を過ぎて、まだ子どもの寝言のようなことを言って、恥ずかしくないんですか? まったくあきらめが悪い。人間は年齢に応じた自覚が必要なのに、相談者にはそれがまるでないようです。こういう人が最近では少なくありません。まずは身の程を知ることです。ばあさんになったという覚悟を決めて、そんな自分の身の処し方と向き合うことが必要です。相手の男性からすれば、まったくいい迷惑でしょう。いい年をして、ただの気味が悪いオバサンでしかない。それに相手は既婚者です。他人の持ち物です。不心得も甚だしい”。正論である。


毎日新聞にも「人生相談」というコーナーがあり、私が好きな回答者は高橋源一郎。彼の回答には、美輪明宏には無い優しさがある。先日の相談は「主人が好きではありません」で40歳の女性の相談だった。”結婚して10年、2人の子供に恵まれましたが、主人が好きではない。同じ職場の年下の男性が好きになったが、男性と二人で食事は不倫なのか?主人の臭い靴下を一生洗い続けると思うと死にたくなる”。この回答が”選択に正解なんてない。何十年間かの後、後悔しないと思える選択とは何かに答えられるのは、実は相談者だけなのです”だった。一見相談者を突き放しているようだが、そもそも相談になっていないので、回答者もこう答えるしかあるまい。私は、相談者も「そんな事は解っている!だから相談しているんじゃないの!」と回答を読んで逆切れしなければ良いが、と想像しながら楽しく(?)人生相談を読ませて頂いている。所詮、女性の新聞の人生相談など相談者のガス抜きではあるまいか?それにしても相談者の夫が気の毒でならない(これが一番言いたかった)。「ゴミの日と 丸つけられた 誕生日」(ネット借用)


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「じぶんでつくれる ほしぞらアート」というプラネタリウム [教育・生活]

孫が遊びに来たので、トイザラスに行った。5歳になったので、以前程は我が儘を言わなくなったが、数年前までは高価な玩具を買わせられて辛かった。お金以上に辛いのは、すぐ飽きてしまう事が目に見えているからだ。私が一番嫌いなのは、テレビ番組とタイアップして売っている、いわゆる「戦隊モノ」と言えば良いのだろうか?変身グッズとか合体グッズとか、金属やエレクトロニクスを使った、一見派手だが何の役にも立たない玩具で、高価である事も腹立たしい。「それは大人の論理だ」という事は十分承知しており、子供は風呂敷一枚でスーパーマンやヒーローになれるのだから、そういう類の玩具を欲しがるのも理解は出来る。けれど、私は買いたくない。孫もそういう玩具を私が買わない事を解って来たようで、ねだらなくなった。私が孫に買い与えたのは、プラレール、レゴ、木製のパズルのような品物ばかりである。せっかくトイザラスに来たのに、何も買ってあげないのは可哀そうだなと思ったら、通路に処分品のワゴンが置いてあり、その中に「プラネタリウム クラフトキット」という品物を見つけた。値段は800円位なので、即購入した。帰宅して調べたら「楽天市場」で同額位だった。メーカーは「アーテック」で他にも数種類、類似品を作っていて、いわばプラネタリウムの老舗だった。


帰宅して、さっそく娘と孫が「一時間もあれば完成出来るから」と午後4時位から作り始めた。傍で見ていると40分程度で形が出来上がったので、そろそろ完成かなと思ったら「えっ!嘘ー!今日中に作るのは絶対無理!というか、もう作りたく無い!」と娘が大声で言う。孫が「えーっ!どうして?」と尋ねると「ボール紙に書いてある星座の星を、一個一個画びょうで穴あけるんだって!小さな星は画びょうの先端を使い、大きな星は画びょうの根本まで使って大きな穴をあけるんだって!」。聞いていた私は思わず吹き出してしまった。「そんなプラネタリウムがあるの?」と組み立て説明書を見たら、最後の最後にしれっと書いてあった。娘は「やりたくな~い」と言いながらも、仕方なく画びょうで穴を開け始めたが、百個位で止めてしまったが、孫は根気よく三百個位開けたので、我が娘ながら情けなくなる。それにしても、こんなプラネタリウム工作キットが市販されて良いのだろうか?パッケージのどこを見ても、「星は画びょうで開けて下さい」とは、一言も書いていない。ただし「じぶんでつくれる ほしぞらアート」という言葉があった。成程、確かにそうなのだが、素直に納得出来ない。それでも、孫が頑張ったお蔭で、プラネタリウムは完成し、壁にかすかに映る星座を「きれいだなあ」と感心して見てくれたので、安くて良い買い物をした、という事にしておこう。


そもそも、800円程度でプラネタリウムを手に入れようとするのが間違いなのだろう。ネットで調べて見たら「安くて良いのですが星の部分を爪楊枝で永遠に開けていく作業に心が折れそうです」「筒状にした後に貼り付ける上部分の接着に苦労しました。そして最後の最後に待ち受けていたのが、★一つ一つを手作業で画鋲等で穴をあけていく作業です。子供は途中で飽きてしまい、私が代行であけましたが、力を入れすぎると本体が歪んでしまうためかなり気を使いながら穴をあけていきました」と評判はやはりイマイチだった。それでも「子供がプラネタリウムを欲しいというので購入しました。子供は、楽しんで工作しました」「満足です。暗闇に星が輝き,幻想的な世界にしてくれました。家族で楽しめました」という意見もあったので、私も少しこの製品を悪く言い過ぎたと反省している。それにしても、この製品には「天の川」が無いのだが、それでも「プラネタリウム」と言って良いのだろうか?あればあったでブチギレの購入者が続出だろうけれど。「孫ねだる おもちゃの値段に 目から星」


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