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たかがラーメン されどラーメン A Day In The Life [料理]

息子が帰宅するなり「新しいラーメン屋が出来ている」と言う。場所を聞いたら、良く車で通る場所なので気が付かない筈はないのだが、息子が小さな店だと言うので見落としていたのだろう。「明日は日曜日なので、昼食べに行ってみるか?」と息子に言うと「言うと思った」と返された。私は午前11時半には開店しているだろうと思い、その頃に行きたかったのだが、息子が起きるのを待っていたら午後1時近くなってしまった。二人自転車で店に向かったのだが、遠目からも既に30人位の長い行列が出来ているのが解った。「やっぱりなあ、もう少し早く来ないと駄目だよ。俺が行列に並んでまで食べるのが大嫌いなの知ってるよね?諦めて福吉か好々爺にしないか?」と息子に言ってみた。息子も納得して、自転車を方向転換して暫く走ったのだが「私は平日でも食べられるけど、息子は昼間なら土日しかないんだよなあ」と思い直し「お前だけでも並んで食べるか?」と尋ねると「そうする」と言うので別れた。息子は30分並んでやっと食べられたそうだ。並んでいた人も若者だけでなく、結構年配の方もおいでだったとの事。しかし、新装開店のラーメン屋にあれだけの人が並ぶのが何だか怖くなってしまう。


息子と別れて「福吉」というお店に向かったのだが、やはり7~8人程の行列が出来ていたので「好々爺」に行くことにした。自転車なので新装開店の店からでも5分もあれば十分だ。「好々爺」の店には予想通り行列は無かった。店の入り口のガラス越しに店内の様子が覗けて、先客が一人だった。このお店は数年前に一度入ったきりで、私達親子はラーメンが食べたくなると「福吉」に行っていた。夜などは並ばなくても入れるし、味も「まあまあ」である。私は味よりも並びたくない方を優先して「好々爺」を選んだ訳だ。店内に入ったら、客に見えたのは店主でカウンターで帳簿を付けていて、客は誰もおらず店主一人だった。「近くのラーメン屋はどこも行列が出来ているのに、この店は客が一人もいないのか」とがっかりしたが、行列も嫌だし、かといって客がいない店も嫌という我がままな性格の自分を再認識する。数年前に食べたきりなので味は覚えていない、なので無難に「醤油ラーメン下さい」と注文した。650円である。ちなみに「福吉」でよく食べる「磯玉ラーメン」は750円である。食べ終わってお勘定を払おうとしたら「コーヒー飲みますか?」と訊かれたが「結構です」と断った。店名が「好々爺」なので、そのPRを兼ねているのかも知れないが、ラーメン屋のサービスがコーヒーではちょっと意外な組み合わせだなあと思う。味は「まあまあ」だった。近くに「幸楽苑」というチェーン店もあるのだが、「あっさり中華そば」が税込み421円でスープが甘すぎてあまり好きではない。「塩ラーメン」も同じ値段で味も「まあまあ」なので年に4~5回位は行く。


帰宅すると息子が1時間程遅れて帰って来た。「どうだった?」と訊くと「まあまあ」と言うので、親子揃って「まあまあ」が多いなと内心苦笑い。息子に店の様子を訊くと、12人も座れば満席で、テーブル席は1つ、煮干しスープで500円、券売機で買うのだと言う。今時新装開店の小さなお店で500円という価格設定の煮干しラーメンがどんな味なのか?はまず食べてみない事には話にならないが、何となく「すぐ行かなくても、まあいいか」と思ってしまった。「また、行きたい?」と息子に訊いたら「微妙」と言う。「まあまあのラーメンなんて日曜日の昼に行列してまで食べるもんじゃないよなあ」と考えてしまった。それでも近くに新装開店のラーメン店が出来るのは嬉しい。勿論、美味しければの話だけれども。「美味しけりゃ ラーメンでも中華そばでも 構わない」


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中国で だんご3兄弟は 許されない [教育・生活]

中国が1979年に始めた「一人っ子政策」を、2016年に「二人っ子政策」に変更して1年あまりが過ぎたので、急激な妊婦の増加に医療機関が間に合わず社会問題になっている。中国の政策転換の背景には労働力不足があるのだが、つくづく恐ろしい国だと思う。子供を何人持つのか?は個人の判断であり、国が法律で強制する事ではないのだが、国体を守るためには国民の生活などどうでも良いのだろう。急に「二人目を生め!」と言われても、様々な事情があるのでそう簡単に二人目を持てない。実際に中華全国婦女連合会の調査では、子供が一人いる夫婦の53.3%が二人目は欲しくないと答えている。中国の教育費は家庭の平均収入の半分を占めるという。中国は日本以上の学歴社会であり、大学を卒業しなければエリートにはなれない。しかし、昔10%未満だった大学進学率を政府がやっきになって35%以上にしてしまったので、大学を卒業しても満足いくような就職先が十分に確保されていないのが現状なのだ。もう少しすると政策は「子供を二人以上持たない夫婦は罰する」になりかねない。いっそ、そんな政策など取り払って「だんご3兄弟」が実現するような社会にすれば良いと思うのだが。


さて、この「だんご3兄弟」だが、この曲は1999年に大ヒットしたNHK教育テレビの「おかあさんといっしょ」のオリジナル曲で、タンゴとだんごをかけた童謡である。あまりの大ヒットに本来は串に4つさしているのを3つに変えただんご屋も現れた。本来串だんごは4つが決まりだとかで、対抗して「元祖だんご4兄弟」という曲まで出来て、4こ目は生き別れの妹という設定になっている。「だんご3兄弟」の歌詞は兄弟の仲むつまじさを歌っているのだが、私は”弟想いの長男 兄さん想いの三男 自分がいちばん次男”という歌詞が兄弟を良く表していて一番気に入っている。私が4人兄弟の次男である事も影響しているのだが。「それは偏見だ!」と言われるのを承知で言うが「一人っ子は懐が浅い」人が多い。私は今まで「貴方は一人っ子だろう」と心の中でつぶやいた人に何人も遭ったが、何故そう思うかというと「自分には優しいが、他人には厳しい」からだ。勿論、一人っ子全員がそうだと言っているのではなく、そういう性格になり易いからだ。何故なら、兄弟のいる環境の中で育てば、喧嘩等で我慢も優しさも兄弟から否応なく教えられ、自分を抑える事を学ぶ。これが、一人っ子だと親の愛情を独占出来るのでストレスに弱い。その反面、競争心がなく穏やかで、集中力や想像力が豊かなのも一人っ子の特徴だ。そもそも兄弟の数に本人の責任は無いし、どう育つかは親の育て方次第なので、一人っ子の親は兄弟がいない事に配慮して育てて欲しい。


今、益々「子供の貧困」が問題になっていて、今朝の新聞でも取り上げられており、記事に「この表現に違和感があります。まるで同情心をあおり、寄付やボランティアで解決していこう!!と呼びかけているような気すら感じています。でも本来は国が子供や教育にもっと公的資金を充てるべきです」という神奈川県40代女性の意見があった。私もこの問題の提起表現が疑問で、意味があるようで何も伝わって来ない。「貧困家庭の子供達」等の表現にすべきである。涙が出そうになったのが「子だくさん世帯の貧困にあまりスポットが当たらない。収入の半分が食費、夕飯はご飯だけという日が週に何回もある。私自信、豚肉牛肉類はもう一年以上食べていない。食卓に並ぶのは胸肉とか豆腐類。お金の援助も嬉しいけれど、食品での援助が切実に欲しいです」群馬県50代女性の意見だった。子供は未来の社会を担う宝であるにも拘わらず、国は貧困家庭に十分な公的資金を充てていない。こんな状態では日本にこそ「一人っ子政策」が必要なのではないのか?と国を皮肉りたくもなるが、それはさておき親子で生活が出来る事は幸せだと思う。「親と言う 串あればこその だんごかな」


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愛情の無いスパルタ教育を虐待という 再び森友学園 [教育・生活]

私は土曜日に仲間とバドミントンを楽しんでいるのだが、久々に不快な気分をスポーツで味わってしまった。バドミントンのコートは3面あるのだが、真ん中でやっている我々の隣のコートで30代の父親が小学2年生位の我が子に一対一でコーチをしていた。午前9時から11時までの間、子供は1時間以上泣いていた。泣くと余計に叱られるので泣くまいとしているのが気配で解る。けれど、それ以上に父親の罵声が子供に容赦なく飛ぶので、我慢できずにやはり泣いてしまう事の繰り返しだった。子供がミスをすると、素振り50回、教えた通りにやらないと素振り50回、上手に出来ても何も言って貰えない。2時間近くのコーチだったのだが、その間子供を褒める言葉は無かった。練習の最後に「教えた事が出来ていないのは、家で遊んでばかりいて練習していないからだ。家に帰ったら教えられた事を思い出しながら練習しろ!」と我が子を叱っていた。練習が終われば仲の良い親子なのかな?と思いたかったのだが、後片付けの時は子供が1人マットで床掃除をし、その間父親は縄跳びをしていたので、大丈夫かな?と不安になった。仲間の女性も「あんなの虐待よ!」と言う。親の教育方針なので、他人の口出しするところでは無いのだが、何となく割り切れない物を感じてしまい、スパルタ教育という言葉を思い出してしまったが、もう死語だろうか?


今、スポーツ界は若い世代が大活躍している。2020年の東京オリンピック出場候補になる若手有望選手だが、卓球では伊藤美誠や平野美宇そして石川梨良、バドミントンでは桃田賢斗や山口茜、体操では白井健三や村上茉愛、競泳では瀬戸大也、テニスでは中川直樹や岡村恭香など、まだまだ沢山いる。彼らは小さな頃から厳しい練習をして来たのだろうが、スポーツもコーチがいなければ上達しない。そのコーチの指導の根底に選手への愛情がなければ、良い選手は育たないし選手もついて行かない。良いコーチに出会ってこそ良い選手が育つのだろう。コーチが親である場合も多々あるのだが、親子の関係がマイナスではなくてプラスに働いたからこそ、良い選手が生まれたのだ。冒頭のバドミントンの少年も、早く良いコーチに出会い良い選手に成長してくれる筈、と思いたい。


もう書くのも嫌になるのだが、TVで塚本幼稚園の園児達が「教育勅語」ばかりでなく「五箇条の御誓文」まで暗唱させられていて、園児達にとってスポーツのコーチに相当するのが理事長だと思うのだが、私には園児達への愛情などかけらもないスパルタ教育に見えた。人は自分の為に生まれて来たのだ。勿論、成長して自分は誰の為に生まれて来たのかを考え、それが親であったり家族であっても良いのだが、決してお国の為や天皇の為であってはならないし、天皇もそれを望んでおられず国民の幸せを願っている。園児達が泣きながら「教育勅語」や「五箇条の御誓文」を暗唱させられていなければ良いがと心配になる。何度も書いて恐縮だが、私は「教育とは自分で考える力を身に付けさせる事」だと考えている。なので、時代錯誤でもある森友学園の教育方針には承服出来ない。もしかして塚本幼稚園に入園させている保護者は「教育は幼稚園がしてくれる」と考えているのだろうか?もしそうならば、親の義務を放棄している。あくまでも、幼稚園は教育の手助けをしてくれるのであって、全面的に任せる場所ではない。そして偏った考えの教育者からは偏った考えの人間しか育たない。「天皇も さぞ迷惑だろうな 森友学園」


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お残しは許しまへんで! ラーメン二郎 [料理]

「お残しは許しまへんで!」は食べ物を残したら許さないという意味で、お残しをするときつ~いお仕置きが待っている。尼子騒兵衛のマンガ/アニメ『忍たま乱太郎』に登場する食堂のおばちゃんの口癖が元ネタである。娘と息子がまだ小学生だった頃、食事中に家内が子供達に良く言っていたのを思い出してしまった。出された食事は好き嫌いをせずに残らず食べなさい、は食べ物や作り手に対する礼儀だと思う。たとえそれがどんなに不味くとも(オイオイ)。ネットに”ラーメン二郎仙台店で客に「二度と来るな」とぶちギレる”という記事があった。何が起きたのか?だが”仙台店の公式アカウントは5日、「暗い話題」という見出しとともにツイッターを更新。【暗い話題】大は多いので初めての方は小でと再三お願いしたのにいいから大全部マシ。金払えば何してもいいと言う勘違いした態度。半分以上残した後笑いながら食えるわけねーよ。とクソ野郎三連コンボのお客様がいらしたので帰り際に人生初の「2度と来ないでくださいね~」が自然と口から出てて驚く。”という経緯だった。このツイートに対して店を擁護する意見と批判する声があったのだが、”仙台店はのちに言葉が足りなかったとしたうえで、「食べれないのに大盛りの様を見たいだけの方、撮りたいだけの方は御来店頂かなくて結構です」と続けてツイートした。”「ネタリカ」というネット記事サイトで”しらべぇ編集部は全国20~60代の男女1,365名に「店員への態度」について調査したところ、「お客様は神様だから偉そうにしてもいい」と回答したのは6.3%という”調査結果が載っており、まだまだ日本は大丈夫だと嬉しくなった。私は仙台店の言い分は正しいし、気の毒だとさえ思う。


私はラーメン二郎に入った事は無いが大盛りの量の凄さは良く聞くし、ラーメンの写真も見たのだが小でもかなりの量がある。食べずに批評するのも何だが、味に飽きてしまいそうで完食する自信が私には無い。ところが息子は好きで何店かで食べており、どんな様子かを聞いたらお店によって量がかなり違うそうだ。息子は大食漢ではないが、26歳と若いのでそれなりの食欲はあり、時々息子の食欲に驚く事もある。そんな息子でさえ「大盛りなんて普通の人間が食べられる量を超えている」という。「お前なら完食行けるだろう」と言うと「2、3日食事をしないで行けば何とかなるかも」と答えたので「やれば?」とけしかけたのだが、「残すとお店の人に怒られそうなので嫌だ」と断られた。そういう雰囲気のあるお店なんだ、とその時は感じたのだが今回の話題で裏づけされた。美味しく食べる為には、「もう少し食べたいな」位の量が丁度良いのだと思う。


私もラーメンは大好きだが、つくづく不思議な食べ物だと思う。お店にもよるけれど、麺よりもスープにお金も手間もかかっている。けれど、麺は残さず食べるがスープは残してしまう人が多いのではなかろうか?昔は客がスープを残すと怒りだすラーメン屋の親父がいたという噂を聞いたが、その気持ちが良く解る。昨年になるが、兵庫県尼崎市のうどん屋にカップルで来た客が一人前だけ注文して二人で食べ、途中でだし汁を足せと言われた店長が断ったのに腹を立て暴行した客(39)が逮捕された事件があった。「一杯のかけそば」に出てくる親子なら「又、来て下さいね」だろうが、記事冒頭のラーメン二郎の客やこんな客など「もう来るな お前なんか 客じゃない!」


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嘘が嘘を呼び 嘘で固まる籠池理事長 [社会]

経歴詐称まで明らかになった籠池理事長だが、これまでの森友学園の経緯を振り返ってみると、あまりの嘘の多さに呆れてしまう。私など、本人も何が真実なのか解らなくなってしまっているのではないかと思ってしまう程、彼は場当たり的な嘘が多いので、結果としてますます嘘が嘘を呼んでしまっている。今回バレた経歴詐称の嘘も「アルバイトが『自治省に出張したことがある』と聞いたのを『自治省から出向』と間違えたのではないか」と説明している。大阪府私学審議会に提出する書類に書く経歴である。百歩譲ってアルバイトが間違えたとしても、自分で書類に目を通し誤りを訂正する責任がある。こういう風にすぐバレる嘘を平気でついているのも許しがたいし、アルバイトのせいにするのも言語道断だ。政治家、官僚、役人ばかりでなく、民間にもこういう人間が生きているのだなあと感心さえしてしまう。


土地と幼稚園ばかり話題になっているのだが、この人が目指しているのは小学校の開校で、言わば今以上に教育者になろうとしている訳なのだが、とても教育者に相応しいとは思えない。私は籠池理事長を”幼稚園で折角教育した子供達が、公立等の小学校に行ってしまって再教育されるのが残念なので、自分で学校を持ちたいと考えている”と理解している。なので、どのような小学校を目指しているのか?を「瑞穂の國記念小學院」のHPで調べて見た。まず「キャッチフレーズ」だが”日本で初めてで唯一の神道の小学校です。”とある。「教育理念」には”先人から伝承された日本人としての礼節を尊び、それに裏打ちされた愛国心と誇りを育て、すべての子供が持っているたくましい生命力と包容力を指導者が明るい表情と態度と言葉で引き伸ばしていく教育を誠実に心を込めて実践しています。子供と父母共に人間力が高まります。”とあった。そして「あえて出る杭となれ!」というメッセージと共に”強い心と体、感性の心、体、技、知を育てる教育。自分の未来に誇りと自信を持つ教育。本物に触れ真の価値観を知る教育”と書かれていた。そして「教育の要」として明治時代に発表された教育勅語が原文で載っていた。


調べてみたら、確かに神道の小学校は日本には無くて、あるのは伊勢の皇學館大学と東京の國學院大學で、それぞれに付属の中学校、高等学校があり神職階位を取れる。神道の教育をうたった浪速中学、高等学校などもあるのだが、小学校は見当たらなかった。私は神道の小学校が無い事に、逆に安堵してしまった。何故なら、疑う事を知らない純真な子供にまず教えなければならない事は、子供が理解出来る必要があるからだ。ところが「朕惟フニ..」で始まる「教育勅語」はその対極にあり、大人でも理解どころか読めない人が大半であろう。子供にまず教えるべき基本の一つが「嘘をついてはいけません!」ではあるまいか?そして嘘をついたらどうなるか?も教えるべきである。もしかすると、籠池理事長は非常に熱心な教育者であるから、我が身を挺してそれを子供達に教えようとしているのだろうか?彼の「あえて出る杭になれ!」の教えは、自分を出る杭だと考えているのだろうが、腐った杭では社会に何の役にも立たないし、無い方がまだましである。もしかすると「出すぎた杭は打たれない」と考えていたのかも知れないが、今めった打ちにあっている。もう少し時間が経てば「出すぎた杭 打たれはしないが 抜かれてゴミに」。


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山田が幻のホームラン?少年をSNSで晒すのは許されない [社会]

7日に行われたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の日本対キューバ戦をTVで観ていたら、山田が打ったホームラン性の打球をを左翼席外野席のフェンス最前列にいた少年がグラブで打球を捕球してしまい、審判がビデオでリプレー検証して結局二塁打になってしまった。少年は捕球した時は満面の笑顔だったのだが、二塁打になってしまったので、その後は上着で顔を隠して涙目で試合を観ていたという。私には少年はまだ小中学生に見えたので、野球のルールを知らなくても無理もないと思う。罰も退場では無くて、警備員に注意された程度だったらしいので安心した。そして試合も日本が大差で勝利したので、少年も救われたのではあるまいか?打った山田も”「これも野球なんで。ウェートトレーニングをして(パワーをつけて)、次はちゃんと打ちたい」と試合後は明るい表情で振り返っている”ので本当に良かったなあと思う。日本チームはこの少年を助けようと必死で戦ったのではあるまいか?


私が問題にしたいのは、ネット上にこの場面の動画がツイッター等のSNSにアップされてしまった事にある。ネットで調べてみたら、友達か知人かは判らないけれど”「やばwwナイスキャッチ笑笑」というツイートとともに少年がにこやかな顔で撮影に応じた画像がアップされていた。しかし山田選手のホームランが幻となってしまいネット上では大バッシングを受ける。するとツイート主はツイートを削除し、アカウントに鍵をかけてしまったようである。名前まで知られてしまった。”という記事があった。少年に無関係の人も動画をアップしており、その人達は試合に勝ったのだから珍場面として流しても良いだろうと考えているのかも知れない。しかし、私は勝ち負けに関係なくこの少年の将来に与える影響は大きいだろうなと思う。動画をアップした人は少年に対してそこまで考えているのだろうか?そもそも本人の同意も得ずに動画や写真、名前までアップするのは犯罪である。拡散してしまった動画を全て消すことなど不可能なのだ。自分の軽はずみな行動がどんな結果になるのか?が理解出来ているならば、こんな行為はすまい。自分がネットに晒された立場になって考えれば、すぐ愚かな行為だと理解出来ると思うのだが、私はSNSはそういう想像力が無い人達が多い現実に恐怖を感じる。


もう数十年前にもなるが、私は地震関係の仕事をしており、有名な地震が起きた時の街の様子を写したニュース映像をNHKから何本か購入した。肖像権など気にもしなかったおおらかな時代だったので、恐怖に怯える街の人の顔が生々しかった。ところが、NHKはある時から販売しなくなったのだが、当たり前である。販売する為にはニュースの映像に写っている全ての人に承諾を得なければならないからだ。顔にモザイクをかければ良いのかも知れないが、地震の恐ろしさを伝えるのに人の表情は極めて重要なので、NHKは肖像権の手間とモザイクがかかった映像など売れまいと考えたのかも知れない。仕方が無いので、NHKのニュースを無断で仕事に使ってしまった事もあったが、バレたら違法で罰金である。これはニュースに限らずTV番組すべてにあてはまり、勿論NHKに限った事では無い。ネットにTVの動画をアップしている人も、自分の行為が著作権違反である事を、十分承知しているのだろう。違法と知りながら、その人の人生も狂わせてしまうかも知れない動画を軽率にアップする昨今だが、SNSはもっと有益な事に使われなくてはならない筈である。何故ならSNSの最初のSはSocial(社会的、社交的)なのだから。例えば「SNS つぶやいている人からの SOS」と発信者の社会問題提起と考えれば役に立ちそうだ。


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国会の与党の質疑はCMタイム? [政治]

今、国会で参議院予算委員会の質疑が行われている。野党の質問には森友学園の問題が度々取り上げられているので、私などついつい見入ってしまう。私は以前から「与党の質疑など不要ではないのか?党内でやれば済む事である。自民党は勿論、公明党の質疑さえも答弁という形をとった政府のCMにしか思えない」と考えていたのだが、ネットで調べたら同意見の方が多数おいでだったが、別の見方もある事を知った。私のような疑問を持っている人の質問に対して、ある回答者の文章を引用させて頂く。”衆参で与党が安定多数を持っている国会では予算委員会の質問の中で野党の質問が一番無意味なものなのです。何を言っても実現しないからです。内閣支持率を下げて次の総選挙のための準備に過ぎないのです。野党の質問は与党の政治への不満のガス抜きにすぎないのです。私は与党の質問の方を真剣に聞いています。政府内閣の答弁は身内への約束であり政策実現の可能性が高いからです。特に経済政策については株価にも影響を与えます。公明党の質問と政府内閣の答弁はすでに与党内の擦り合わせが終った協議済み事項なのて、さらに興味深いのです”。そして別の回答者は”日本では政治が成熟していないため、政策の多くを官僚が考えており、そもそも政府・与党の議員も政策を把握していないケースも少なくありません。そういう状況下では、与党議員が本当にわからないから純粋に質問をするケースもあり、意味はあるでしょう。”これらを読んで私はこれらの意見に全面的に賛成ではないけれど、そういう見方をしている人もおいでになるのだなと感心してしまった。


私は「野党の質問は与党の政治への不満のガス抜きにすぎない」とは思わない。質問にもよるけれど森友学園問題への質疑などは、野党がやらなかったならばここまでの情報は公開されなかったと考えるので、野党の質疑は無駄ではない。自民党の内からも、反安倍勢力の議員がもっと質疑をしてくれれば、自浄能力もある成熟した政党だと安心するのだが、5日の自民党大会では党総裁の任期をろくに議論もせずに党則を「連続2期6年」から「連続3期9年」に延長した。天皇の退位は渋るのに、自分の在位はすんなり通してしまう安倍一強自民党が恐ろしい。数年後には北朝鮮や中国のような政治体制になってしまうのではないかとさえ思ってしまう。一方の野党第一党の民進党だが、ブーメラン質疑の繰り返しなので、ガスは抜けるどころか、溜まる一方だ。典型的な例が森友学園での質疑で、民進党の大西健介氏が27日、文部科学省が同学園運営の幼稚園の教諭を表彰したとして政府を追及したものの、旧民主党政権時代の表彰だった。そして28日には民進党の小川敏夫参院議員会長が、稲田朋美防衛相に対し、森友学園の籠池泰典理事長を過去に表彰した経緯を尋ねたが、民主党政権時代にも感謝状を贈呈していたのだから呆れる。「それは民主党時代の事で、党名が民進党になったので我々の政党では無い」とは言わせない。


国民はどうやってガス抜きをすれば良いのだろう?NHKの国会中継を観ていると「安倍総理と麻生副総理は良く笑っていられるなあ」と呆れるどころか権力者のおごりを感じるし不謹慎でもあるので、私もガスが溜まる一方である。2015年の8月25日にNHKが山本太郎議員の質疑途中なのに午後6時で放送を打ち切るという大暴挙があったけれど、国会質疑が大相撲以下の扱いにされている。野党が質疑をしている国会中継が、NHKで中継放送されている今はまだ良いが、そのうちに自民党の質疑CMしか放送されなくなる日が来そうな嫌な予感がする。仮にそうなったら、そんなCMだけの番組を国民は誰も観ないだろう。そもそもNHKは国民の受信料で運営されているので、政治的にも中正公立でなければならないのだが、果たしてそうだろうか?と私は時々疑問に思っている。「NHK 最大のスポンサーは 自民党」


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森友学園の校歌は逆効果 [教育・生活]

森友学園の校歌を聴いて懐かしかった。この校歌は1964年に大ヒットして映画にもなった舟木一夫が歌う「あゝ青春の胸の血は 」という青春歌謡曲である。今から53年前なので、私は12歳だったから小学校6年生だろうか?少しませていたのかも知れないが、大好きな歌だった。私の記憶が正しければ、舟木一夫のステージ衣装は詰襟の学生服だったと思う。この事も森友学園が校歌に選んだ理由なのかも知れない。けれど、森友学園に入学させようと考えておいでの保護者は30~40代であろうから、この曲も歌手も「?」なのではあるまいか?その証拠に森友学園説明会で「校歌の作詞、作曲は誰ですか?」の保護者の質問に「自分で調べろ!」との回答だったが、学校にとって校歌は重要であるし、ましてや説明会なのであるからこの歌謡曲をなぜ校歌に選んだのかを保護者に説明する責任が森友学園にはあると思う。昔の歌謡曲を校歌にしてしまう時代錯誤も森友学園らしい。


大好きな歌だったが、歌詞などとっくに忘れてしまっているので気になって調べてみた。もしかして「お国の為に」とか出てくるのでは?と期待したけれど、青春歌謡曲なのでそんな歌詞など有り得ない。歌詞は三番まであり、すべて「あゝ・・・青春の胸の血は 夢ひとすじに 燃えるもの」で終わっている。一、二番の歌詞はともかく三番の歌詞が「瞼にあわき 花すみれ ゆきずりの君 今いずこ 虹は消えても 若き日の はかなき 思い出 忘るまじ あゝ・・」なので、小学生にはちと早いので校歌は二番まで歌うのかも知れない。それにしても小学生に「青春の胸の血は」の歌詞は似合わない。私の憶測だが、歌詞よりもメロディーで選ばれたのではなかろうかと感じた。こう言っては作曲家に失礼だが、どこか哀愁軍歌に通じるフレーズも使われており、4分の2拍子なので「イッチ ニー イッチ ニー」だから運動会等の行進曲にもピッタリだ。


私は森友学園が何故軍歌を校歌にしなかったのか不思議でならない。幼稚園児に「教育勅語」を素読させる位だから、私は小学校の校歌には軍歌が相応しいと思う。お節介ながら、どんな軍歌が良いか私なりに考えて見た。まず思い浮かんだのが「私のラバさん 酋長の娘」なのだが、残念ながら軍歌では無かったし小学生には難解な歌詞内容だ。たとえ軍歌だとしても校長に「無礼者!」と一喝されてしまうだろうが、意味など解らないけれど洗脳された小学生が合唱すれば、どんな場面でも和やかになるような気がする。対案として「軍艦マーチ」はいかがだろう?これならば校長から「私もそう考えていたのだが、世間がうるさくて」という同意を得られそうな気がする。心配なのは、この校歌で洗脳された小学生達が下校時に勇ましくパチンコ屋に向かって行進してしまうのではないか?という点である。「恐ろしや 教育勅語に 歌謡曲」


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こんなこといいな♪ できたらいいな♪ 自販機 [社会]

何時もながら街の自動販売機の多さに感心する。こんなにあって良く共倒れにならないなあ、と余計な心配までしていて、電気代まで気になる始末である。何時売れるのか解らないのに、常に温めている商品と冷やしている商品が一つの自販機の中に混在している。利用している人も結構見かけるが、私はケチだから「家に帰れば飲めるでしょう」「スーパーで買えば安いのに」と自販機で買って飲んでいる人を見かけると、余計なお節介を心の中でつぶやいてしまう。外国人の中に、日本の自販機があまりにも良く出来ているので「中に人が入っている」と思っている人もおいでとか?人件費や生理現象を考えれば、そうはならないのだが「ありがとうございました」などと音声が流れてくると、そう思ってしまうのも無理もないのかも知れない。


この自販機だが、何も飲料水とは限らない、屋外で売って良い物と室内でしか売ってはならない商品、そして売ってはならない商品もある。室内でしか売ってはならない商品とは、例えばコーヒーやココアなどを扱う「カップ式自販機」、カップ麺やトーストなどを販売する「調理式食品自販機」は食品衛生法に基づく飲食店営業許可が必要だ。つまり衛生にうるさい商品はおのずと屋内販売になってしまう。酒には酒税法、煙草には煙草事業法の販売許可が必要なのは承知していたが、私は余り見かけないが「牛乳自販機」は乳類販売営業許可が必要なのだそうだ。最近、ネットで知った「イノベーション自販機」はスマフォのアプリで家族や友達、部下に飲料水をプレゼント出来るそうだ。仕組みだが、スマフォのアプリで飲料水を購入するとQRコードが手に入る。これをメール等でプレゼントすると、受け取った人がこの自販機にQRコードをかざすと商品が出てくる。私は「何だか回りくどいし、プレゼントされた方もありがたいのかなあ」とぼんやり考えていたけれど、これがビールや酎杯、水割り、ハイボールなら貰って嬉しい。早速、娘に知らせようかな?と思ったけれど、返り討ちに遭いそうなのでやめた。


自動販売機で売ってはいけない物を紹介したい。ネットの”知恵袋”で「自販機で売ってはいけない物は何ですか?」の質問に対して「第一類医薬品」「包丁・ナイフ」「武器・爆弾・やばめな生物の卵」「依存性の可能性のあるもの」と真面目な回答があったのだが、ベストアンサーは「子猫です。理由は売れ残ると、おなかをすかして泣くので、近所に迷惑だから」で笑ってしまった。つり銭の用意や盗難防止の為、高額な商品も駄目なようだ。私ががっかり(?)したのは、「エロ本やアダルトDVD」の自販機で、多くの自治体が条例で禁止している。道理で買いたくても見当たらない訳である(オイオイ)。私はウン十年前、たまに本当にたま~に「エロ本」の自販機を利用していた。人目があるので夜遅く買いに行くのだが、他人に見られたら恥ずかしいので、表紙と値段をじっくり眺める余裕など無くて、慌てて適当に購入する。アパートに戻って、表紙と中身のあまりの落差に思わず「金返せ!」とぼやいた苦い経験が何度もある。この挫折感(?)を今の若者にも味わって貰いたかったのに、自販機での販売が禁止とは本当に残念でならない。もっとも、今はネットでもっと凄いもの(貴方の想像にお任せします)が簡単に手に入るので自販機があっても売れないのだろう。けれど、それが今の若者にとって良い事だとは私は思わない。「欲しい物は苦労して手に入れてこそ、喜びがあるのだから」と若者に言いたいのだが、物が物だけに全く説得力が無くて、ただの愚痴になってしまった。「老人の 愚痴を聞く自販機 あれば買う」


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石原 慎駄郎 [政治]

実に老醜の恥をさらした居直り記者会見だったと思う。自己弁護に終始し、挙句の果ては責任を他人になすりつけた。「私は逃げ回るのが大嫌いな男だ。座して死を待たず」と言うならば、もっと早く記者会見を開くべきだったろうに。もっとも、こんな内容の記者会見では遅かろうが早かろうが何度開いても同じである。記者会見を観ていて、私が一番痛感したのは「知事としての役目を果たしていなかった」事にある。誰でも全ての専門家にはなれない。けれども、専門家の意見を聞いて最終的な判断は自分が行うべきで、判断した全責任をとるのが組織の長である都知事の役目である。それを「私は専門家ではないので、判断は専門家が決めた。瑕疵担保責任については知らなかった。協定書のハンコも勝手に使われた」では、「知事」ではなくて「痴爺」でしかない。挙句の果てに「迷走の責任は小池都知事にある」とまで言い出す始末。迷走の原因を作り、国政の為に途中で都知事を放り出した石原氏に言う資格はない。小池都知事は「あの世代の方たちはよくもののふとか侍とかおっしゃるのでちょっと違和感を感じる」と発言していたが「もののふ(武士)」どころか「もののけ(物の怪)」だ。私は以前、都知事選挙真っ盛りの時に「石原慎太郎はロートルの厚顔」というタイトルで石原氏に関する記事を書いており、その時の彼への印象が今と全然変わっていないので、その時の記事の一部を引用させて頂く。


タイトルは小池百合子氏に対する「大年増で厚化粧の女に任せるわけにはいかない」への、私なりのささやかな抵抗である。「石原慎太郎は死んだろう?」にしようと思ったけれど、生きていたので止めた。生きているどころか大失言をしてしまった。もしかしてタカ派同志なので小池百合子氏が増田陣営に送った刺客ではあるまいか?それ程この失言は小池百合子氏には有利に働く。何故なら、大年増で厚化粧の女性らの反感を買ったので彼女らは小池氏に投票するだろう。彼は命の危険性すらある。小池百合子氏は厚化粧では無い、もしそうならばもっと綺麗だろう。(私もやばい)。さて、石原慎太郎氏だけれども私は彼を信用していない。何故ならば都知事を4選したにもかかわらず、1年半で辞職してしまったから。健康等の理由でやむなくなら理解出来るのだが、そうでは無いので投票して下さった方々への裏切りであろう。石原慎太郎氏は太陽族の教祖だけあって、ノー天気だ。ノー天気という言葉はもう死語かもしれないが、鳥越氏に対する発言の「売国奴だよ、こいつは」の売国奴も死語に近いのではあるまいか?民主党が数年前に思い出させてはくれたけれども。”ノー天気”とは行動が軽はずみの軽薄な人を指す言葉であるけれども、正に石原氏にピッタリだと思う。とにかく失言しては取り消している。彼の失言の一つに、「東日本大震災は天罰だ!」がある。私は始め「天災」の間違いではないか?と思っていた。そして間違いで無い事が解ったので、福島県出身の私でなくとも憤りを感じた人も多かったと思う。もし天罰が下るならば、真っ先に永田町辺りに隕石でも落ちる筈であろうに、未だに落ちて来ない。なので、天罰など有り得ないのだ。


以上引用させて頂いたが、石原氏が会見を終えて「何かみなさん、割り切れないでしょうけどね」と発言したけれど、「都知事としての自覚が無かった事が判ってしまった」今では、私は20日に開かれる百条委員会でも同じ言葉が繰り返されるような気がしてならない。石原氏を見ていると「ロートルは死ねず ただ恥をかくのみ」


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