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教養の強要 NHKドラマ「悦ちゃん」 [TV]

NHKの土曜夕方6時からのTVドラマ「悦ちゃん」は第三話「ワンピース風水着」が終わったところで、全8話だそうだ。「悦ちゃん」の父親役のユースケ・サンタマリアの前宣伝が面白かったので観る気になったのだが、期待通りに主人公の柳悦子(平尾菜々花)との会話が楽しい。「悦ちゃん」の副題が「昭和駄目パパ恋物語」となっていて、原作は獅子文六が1953年に発表した「娘と私」、なのでドラマにかなりのレトロ感がある。粗筋は「娘を残して妻に先立たれた男が再婚し、娘を結婚まで育て上げるまでの過程を描いた」もので、自伝小説でもあるとか。もう、何度もTVドラマや映画になっているので、御覧になっている方も大勢おいでだと思う。第三話はユースケ・サンタマリアが演じる柳碌太郎が、日下部財閥の令嬢である日下部カオル(石田ニコル)に気に入られ、彼女に避暑地である千葉・勝山の別荘に娘と招待される。「悦ちゃん」も水着を買って貰い、おおはしゃぎで向かったのだが、待っていたのは「家庭教師付きの勉強部屋」で、結局5日間の滞在だったのだが、一度も泳げずじまい。不満げな「悦ちゃん」に令嬢が「子供は遊ぶ事よりも教養を身に付けるべきです」と言い放つ。観ていて「教養の強要だな」(やっとたどりついた)と感じた。結局、碌太郎はカオルとの縁談を断る。(当たり前)


昔、漫才コンビのギャグに「知識と教養が邪魔をして..」というのがあったと思うのだが、コンビ名をネットで調べてもはっきり判らなかった。多分だが「リーガル天才・秀才」ではあるまいか?このコンビが受けたギャグに”(秀才に知識の誤りを指摘されて)「色んな知識を詰めすぎちゃってるから、ポロッと関係ない言葉が出てきちゃう、もうかき回そう(頭をかき回す)」(天才)、「何がかき回そうだ!」(秀才)、「邪魔だねぇ、教養は!!」(天才)、「やかましい!!」(秀才)”、”「彼女とは何となくラベルが違うんだよ」(天才)、「それを言うならレベル」(秀才)、「あの先生、違ったこと教えたな… 駄目だな東大も」(天才)”、”「涙から目がポロポロ、ポロポロ」(天才)”、”「疑いのナマコ(眼)」「ナマザシ(眼差し)」(天才)”等々があるが、現代では受けないだろうな。それにしても漫才のコンビ名に「天才・秀才」と付けるセンスが光る。今時の漫才コンビも、いい意味で、こういったコンパクト、違ったインパクトのある名前を付けられぬものか?と何時も思いながらTVの漫才番組を見ている。


ギャグの中で気になったのが「知識」と「教養」の違いと、そもそも「教養とは何ぞや?」である。何となく理解しているつもりでいたのだが、私に教養がないので明確な答えが出ない。頼りのネットで調べたら、私と同じような疑問を持った人が「ヤフー知恵袋」で「教養とはなんですか?また、人間に教養はなぜ必要なのですか?」と質問しており、その回答が「辞書の引き方も知らないのですか?」「あなたね、そういうものをここで聞いてはいけませんよ」だった。この回答から判ることは「知恵袋とは調べれば判る知識の袋である」「知恵袋の質問者と回答者には教養が無い」だ。感心したのは、別の人がやはり同じ質問をしたら「教養とはその人が学習して得た知識を全て取っ払った後に残るもの」という回答だった。「悦ちゃん」がいくら勉強しても、それは「知識」に過ぎず、もっともっと人間をやり、経験をつまなければ「知識」が「教養」に変わらないのだろう。自分の事を棚に上げて言ってしまえば、一生かかっても「知識」が「教養」にならない人が多いし、そんな区別もつくまい。「能ある鷹は爪隠し 能あるブタはへそ隠す 能無し犬の高吠え」


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金運をアップする方法 サマージャンボにどうぞ [社会]

たまに行くスーパーには大型駐車場があり、周囲には、本屋、レンタルビデオ店、パソコン店、百円ショップ、美容院、トイザラス、美容院、ドラッグストア、シューズショップ等がある。買い物に便利だから平日でも人が多いのだが、りそな銀行と郵貯のATMもあり、その隣には宝くじ売り場もあって、この前通りかかったら女性がのぼりを背中に付けて、ハンドスピーカーで「サマージャンボ宝くじ」の購入を通行人に呼び掛けていた。売り場の窓口の上に大きく「2等1億円」「ロト…」などと、過去にこの売り場から出た当たりくじの宣伝が大きく貼りだされていた。私はここ数十年、宝くじ等を買った事が無いので、現在のくじがどうなっているのか詳しく知らないが、「スクラッチくじ」や「ロト6」等と思われる物を気軽に購入している老人や主婦が多いのに驚く。気軽な「運だめし」なのだろうか?「ひょっとすると?」とか「今日はついているから」「胸騒ぎを感じる」「神のお告げがあった」「朝ご飯が美味しかった」などという理由で購入する気になるのだろうか?何時も思うのだが、ジャンボ宝くじの一等が高額過ぎる。今回のサマージャンボの1等は5億円が20本で、2等が1千万円で60本、3等が3千円で2百万本、4等が300円で2千万本。一枚が300円なので10枚買うと必ず4等が当たるのだが、ほとんどの人は4等しか当らない。いっそ1等を100万円ぐらいにして当たり数を増やしたらどうだろうか?と思ったら、すでにそういう宝くじがあって100万円が5000本で、名前が「サマージャンボプチ」。他にも1億円が45本の「サマージャンボミニ」まである。ジャンボとは巨大という意味だと思うのだが、「ミニ」「プチ」が付くと意味不明だろうに。


新聞の一面広告に「サマージャンボ宝くじ1枚プレゼント! 白蛇神社ご祈願済 財運白蛇長財布」が載っていて、価格は税込み4888円、発送料税込み777円。実に良く考えられた価格と発送料だと思う。「こんな財布誰が買うんだろう?」と考えたら、宝くじ売り場に群がる(失礼)人を思い出した。こんな財布を大量購入して宝くじ売り場の横で8888円で売れば飛ぶように売れるのではなかろうか?それとも「そんな財布を買う位なら宝くじを買った方がましだ!」と考える人が多くて、まったく売れないのかも知れない。それにしても、今「役所広司」扮する侍が現代にタイムスリップし、祭りの屋台で大暴れしているCMが流れているけれど、私には意味不明で購買意欲が全く湧かない。昔、「いしいひさいち」の漫画に「がんばれ!!タブチくん!!」というのがあったけれど、田淵がホームランを打っている絵の横に大きな文字で「あなたに当たらぬ筈がない!」というギャグは秀逸だと思う。こういうポスターでも宝くじ売り場に貼れば、売り上げ伸びる事間違いなしだと思うのだが。


「あなたはいくつ知ってる?読むだけで金運アップなお金のことわざ4選」という記事がネットにあったので、読むだけならばタダなので早速読んで見たのだが「稼ぐに追いつく貧乏なし」「ないときの辛抱、あるときの倹約」「金は天下の回り物」「見切り千両、損切万両」の4つの諺が載っていた。これならば私も知っているので、「金返せ!」と言いたかったが、払っていなかった。考えてみれば、大金持ちの人ならいざしらず、貧乏人(失礼)が金運アップの為にお金を使うのは矛盾してはいまいか?宝くじを買える程の余裕があるならば、そのお金で別な物を買った方が幸せではあるまいか?私が好きな金運アップ(?)の名言は「吾れ唯だ足るを知る」で、京都の龍安寺のつくばいに4つの漢字が口を共有して、上、右、下、左の順に吾、唯、足、知と書かれている。この教えのように、宝くじを買わないのが一番ではあるまいか?「この文字が書かれたグッズを売れば儲かるんじゃないかな?」と考えたら、楽天市場で200円のキーホルダーを見つけた。このキーホルダーを宝くじ売り場の横で売ったなら、宝くじ愛好者に殴られそうだ。「宝くじ 当った妻は 即離婚」


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日本茶はお茶碗で?「第3次改造内閣」 [教育・生活]

私は昼間はほとんど水分を摂らない。それもこれも、夕方から飲み始めるお酒をより美味しく飲む為の工夫(?)である。酷い時は朝食後に薬を飲む為に水を少し飲んだ後は昼食も食べないので、夕方お酒を口にするまで一切何も口にしない事も多い。ただし、夕方からはかなり薄いハイボールを飲み始めるので、1リットルの炭酸水ペットボトルが2本空になる。なので、一日という長さで考えれば水分は十分足りているのだろう、と強がっては見てもどう考えても不健康なので「日本茶でも飲むようにしようかな?」と思い、家中を捜したのだが、ティーバッグ(茶こしもあるが面倒だ)はあるのだが肝心の器が無い事に気が付いた。来客用の茶たくがついたお茶碗はあるのだが、小さすぎる。寿司屋で良く見かける湯呑茶碗位の大きさが欲しいのだが見当たらない。仕方が無いのでどんぶりにするかとも思ったが、あまりにも品が無いし飲みづらい。食器棚に何かないかと探したのだが、コーヒーカップ、グラス、ジョッキ、マグカップ、タンブラー、ワイングラス、プラスチックのカップ、どれも日本茶を飲むのにふさわしくない容器ばかりで、紙コップもあったのだが論外だ。それにしても、「普通にお茶碗というと、ご飯を入れる器になるのではないだろうか?」「湯呑茶碗と言いながら白湯を飲む人は稀だろう」などとぶつぶつ言いながら百円ショップに行く事にした。


百円ショップで見つけたのが「日常五心」という小ぶりな湯呑茶碗で、胴体(?)に大きな字で”「有難う」という感謝の心、「すみません」という反省の心、「おかげ様」という謙虚な心、「私がします」と言う奉仕の心、「はい」という素直な心”と大きな字で書いてある。「今時こんな物売れるのかなあ」と思いながらも、最近益々息子が私に対する「日常五心」が足りなくなったなあと感じていたので、朝晩の食事時に嫌味も兼ねて息子にこれでお茶を飲ませようと思い買うことにした。私はすでに「日常五心」など完璧に会得しているので、私用には200円もする立派な(?)無字の品を買った。息子と日本茶を飲みながら「日常五心」の訓話を聞かせようと思うのだが、最初は「父ちゃん、この漢字何て読むの?」で始まるだろうから、先は長い。果たして私の生きている間に「日常五心」の精神が彼に伝わるか心配ではある。


日本茶とそれにふさわしい容器の話は、人間と役職に似ている。安倍総理の「大惨事(第3次)改造内閣」が発表されたが、任命された人物と役職に違和感が無い。強いていうならば総理の役職にふさわしくない人物が居座っているけれど、致し方あるまい。結果論になってしまうけれど、稲田朋美衆議院議員の防衛大臣はミスマッチだった。まるでカフェオレをどんぶりで飲んでいるような感じと言えば良いのだろうか?女性大臣の起用に異存は無いが、防衛大臣は不適当ではあるまいか?というより自衛隊員の士気が下がってしまいメリットが無いような気がする。自衛隊のトップを女性にする事でソフトに見せ、軍隊ではないというイメージを作る為だけならば、大臣も自衛隊も不幸だ。小池百合子氏も防衛大臣だったのだが、僅か55日で辞任してしまった。シビリアン・コントロールと言うけれど、小池氏も稲田氏も男世界である防衛庁から舐められてしまったのではあるまいか?今回の内閣改造にはサプライズがあるというので期待していたのだが、さしたるサプライズも無かった。私は安倍総理が懲りずに豊田真由子議員を防衛庁長官にするのではないか?と期待したのだが、彼女はいまだ行方知れずなので無理だろう。彼女の口(攻)撃を持ってすれば、北朝鮮のICBMも撃ち落とせるのではあるまいか?と思うとつくづく残念だ。「新装で 真相隠す 安倍晋三」


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新聞 vs スマフォ [社会]

今時の日常生活には新聞もスマフォも両方必要であると私は思っている。パソコンやタブレットの役割は、ある意味スマフォと重ねっている部分もあるが、スマフォの手軽さには適わない。逆にパソコン、タブレットは画面が大きいので情報量も多い。要は使い分ければ快適で便利な情報が得られる生活だろうし、今では小学生でさえ持っている子もいる位、スマフォは若者にとっては必需品だ。それに比べて新聞はどうなのだろうか?私の息子は26歳なのだが、彼が新聞を読むところを見た事が無い。30歳になる娘は大学受験の時に朝日新聞の天声人語から出題される事が多いと聞き、私に新聞のどこに載っているのか?と尋ねて来た。第一面にあると教えたのだが、数週間で飽きてしまったようで読まなくなった。今でも「新聞は旦那が会社で読めるからとっていない」と言う。私は「何故、子供達に新聞を読む習慣を身に付けさせなかったのか?」と悔やんでいるが、彼らには大きなお世話だろうし「スマフォがあるじゃないか」と反論されそうだ。新聞とスマフォの違いを言ってもうるさがられるだけだろうから、もう諦めた。私は朝日と毎日を購読しており、毎月4037x2で8074円払っているが、あっと言う間に溜まる新聞を見ながら「息子も読んでくれれば、もっと元が取れるのに」とケチ臭い事を考えてしまう。今時の一人暮らしの若者には4037円の新聞代は痛い出費になるだろうし、新聞を読む習慣が無ければ何の不自由も感じまい。


新聞に「新聞購読を休んで気づいたこと」の投書があった。福岡県にお住まいの48歳の会社員の女性で”どんなに仕事や育児で疲れていても、夜寝る前に1時間以上かけて新聞を読むのが日課です。しかし先日、英語の試験勉強の為、一ヶ月新聞購読を休止しました。その間は、日本や世界の政治、経済、文化、ファッションにいたるまで、スマホに頼るしかありませんでした。感じたのは、まるで情報という海の孤島にいるようだったという事です。興味ある情報はスマホにずらりとアップされますが、果たして確かな情報なのか信頼性に欠け、判断に困ったからです。私のスマホ使用時間は長いし、新聞をお休みするまでは、スマホが情報と知識の無限の扉だと思っていました。でも、新聞を再び読み始めて、自分の好きな分野、嫌いな分野、興味ありなしに関わらず、新聞の全てに目を通すことで、新しい好奇心に出会えるのだと気付きました。”(要約抜粋引用)


スマフォ(やはりスマホの表現が嫌)で読めるニュースも、新聞と同じように分野別に別れているものも多いのだが、一度に見渡せる情報量が少ないので、余分な情報が目に入ってこないし、自分が興味のある記事しか読まない。ところが新聞は「めくる」という行為があるので、めくっている最中に思いがけずに目に入ってくる記事がある。私はまずは一面から順序よくざっと斜め読みし、2回目以降は気になった記事を読み、最後は番組表を見る(時々、阪神タイガースの勝敗が気になり、真っ先にスポーツ欄という事もあるが)。新聞とは不思議な物で、何度読み返しても、必ず読み落とした記事が見つかり、何だか得をしたような気になるから面白い。投書された女性の「新しい好奇心に出会えた」という表現が、まさにピッタリなのだ。私は全国紙しか知らないが、全国紙の良いところは、あらゆる分野にわたって専門的なニュースが厳選され、信憑性も補償されて(時々訂正記事が小さく載るが)手軽な値段で手に入る事だろうし、それ程読み応えがある。私が新聞に不満があるとすれば「株価欄」で、朝日は32面中2面、毎日は30面中1面さいているが、私は全く興味が無いので読んだ事も無い。なので、何とかこの分だけでも新聞代を安くして貰えないものだろうか?「株価など それこそネットで 十分だ」


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方言に放言 茨城はいばらき「ひよっこ」より [教育・生活]

相変わらずの放言ばかりのタイトルと記事でひんしゅくをかいそうだが、めげずに「方言」について書いて見る。まず「いきり」という言葉をご存知だろうか?関西弁で「カッコをつけてる、調子にのってる、キザ、イライラする、気持ち悪い、生理的に無理」の意味なのだが、初めて意味を知った時には「?!」だった。それをM-1グランプリ王者「ノンスタイル」の井上が身を挺して具現化してくれた(石田も負けてはいないと思うのだが)。同じM-1グランプリ王者に「サンドウィッチマン」がいるけれど、彼らに負けない位面白い。朝刊に「最近のテレビ面白くない」と大阪に住む11歳小学生の投書があり”今、裸になってお盆をひっくり返す芸人をよく見ますが、全然おもしろくありません。笑いを取るためには、もっと違う方法があると思います。最近はおもしろくないからテレビを見ないという人が増えているのではないでしょうか。このままだとこの世からテレビは消えるかもしれません。(抜粋)”さすが関西人、小学生でも「笑いとは何か?」を良く理解していて、宴会芸などプロの芸人がやる事ではあるまい。こういう芸人を使うテレビ番組にも怒りを覚えるし、彼の言うようにそんなテレビ番組ばかりならばテレビなど要らない。それにしても、最近特に「笑われる事で受けようとする芸人」が多すぎる。私は「話術で笑わせてくれる芸人」が観たいのだが。


放言、もとい方言の話だった。交通事故防止看板に方言が使われていると言う。”山梨県甲府市郊外の見通しの悪いカーブには「スピード出しちょし」の看板があり、他県の者からすれば「速度を上げろ」と言われているような感じがするが、この「~ちょ」は、山梨の西部地方の方言で「~するな」の禁止表現なのだそうだ。また宮崎県内の国道には「てげてげ運転追放運動」の看板があり、「てげてげ」は「いいかげん」「適当」「ほどほど」「おおざっぱ」などの意味を表し、脇見運転などによる交通事故の防止が狙い。これを標準語に直せば「スピードを出すな」「いいかげんな運転追放運動」になるが、標準語の方が少しきつい印象になる。そういった印象を和らげようと、ポスターに方言が使われる。人間はきつく注意されるより、柔らかく言われた方が案外素直に受け止められるという心理を巧みに突いた方法だ。”(ネットのダ・ヴィンチニュースから要旨抜粋引用)。方言を馬鹿にせず、暖かさが生かされている使い方に感心する。


当たり前だが、大学には全国各地から学生が集まって来る。私が学んだ(?)大学もそうで、クラスメートに神戸出身の男がおり、最初は無口だった。親しくなってからは饒舌になったのだが「方言や訛りが恥ずかしくて喋れなかった」のが無口の理由だった。彼の言う「なおす」は関西弁で「片付ける」という意味で、彼は「立派な標準語」だと信じて疑わなかった。私が東北人のせいもあるのだろうが、関西には「?」の方言が多く「ほかす:捨てる」「半時間:30分」「冷麺:冷やし中華」「オマケ:値引き」「レイコー:冷たいコーヒー」「たぬき:油揚げを入れたそば」などは有名過ぎて、ある意味標準語を超えた方言になってしまっていると思う。NHKの朝ドラ「ひよっこ」では有村架純が「茨城弁」で熱演しており、田舎から上京して頑張っている娘の気持ちが訛りに良く表れていて、標準語だったら詰まらないだろうなと思いながら毎回観ている。今、ドラマは行方不明だったお父さんが記憶喪失で見つかったところなのだが、母親役の木村佳乃が行方不明の夫の捜索を依頼する警察署で「いばらぎではなく、いばらきです!私は出稼ぎ労働者を一人探してくれと頼んでいるんではありません。ちゃんと名前があります。茨城の奥茨城村で生まれて育った谷田部実という人間を探してくださいとお願いしてます。」と言い放つところが秀逸だった。これで、少しは「いばらき」が定着すれば良いのだが。茨城県人にしてみれば「いばらぎ」は全国に蔓延している困った方言なのだから。「会津にゃあ ほおげんなんぞ あるわげね~(あるわけがない)」(私の田舎のお婆さんの説得力に欠けるお言葉)


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貰って嬉しくない三大土産と嬉し恥ずかしTシャツ [社会]

「八つ橋」「ういろう」「うなぎパイ」この三大お土産に反対意見も多いのではあるまいか?私には貰っても嬉しくないお土産など無いし、どんなお土産でも有難く頂戴する。人によってはこの三大お土産が「赤福」、「ちんすこう」、「ひよ子」だったりする。毎日だと飽きてしまうけれど、偶に食べると美味しいお菓子ばかりである。昔、浜松にある会社の人が仕事で我が社に来る度に持って来たお土産が「うなぎパイ」で、「何時も同じ物ばかりで恐縮ですが」と前置きして渡してくれた。こちらも仕事の打ち合わせなので、お土産を期待している訳ではないので「かえって気を使わせて恐縮です」とか言いながら受け取る。事務の女性がお茶と一緒にお土産に頂いた「うなぎパイ」を出すと、手を付けずに帰ってしまうので、本人は食べ飽きているのだろう。こちらも浜松で打ち合わせをする時は、東京駅で無難なお土産を物色して持参する。そうしないと、何となく商談も上手く進まないような気がするし、相手も東京のお土産を期待しているように思う。なので「東京ばな奈(ばなな、バナナは誤り)」や「ひよ子」を選んだりする。こうして、お互いに食べたくもないお菓子をお土産にやり取りする日本の会社は、お土産代も会社に請求するので、つくづく不思議な風習だと思う。偶には地酒でも持って来てくれないかな?と思う時もあったが、皆無だった。


外国人が貰っても嬉しくない日本のお土産5選という記事があった。「和菓子:口に合わない」「お守り:使い道が分からない」「折り紙:一般的な折り紙は海外のいたるところで売っている」「キティちゃんグッズ:アニメ、キャラクターファンしか喜ばない」「お弁当箱:弁当文化の無い国ではどんなに高性能なお弁当箱もただの入れ物」。文化が違うので、日本の尺度で考えると失敗するのだろう。逆に喜ばれるのが「酒、梅酒、果実酒」「漢字が入ったTシャツや小物グッズ」「化粧箱に入ったお箸」「部屋着、パジャマ感覚で着られる甚平」「文房具」で、これなら日本人でも貰って嬉しいが、嬉しくないのは「漢字が入ったTシャツ」だろうか?英語なら嬉しいのか、良く街で意味も解らずに着ている日本人を見かけるが、赤面物のTシャツも多い。この逆が漢字の意味を知ってか知らずか、かっこいいと思って着ている外国人で「冷奴:Cool Guy」「私は佐藤ではありません」「不法入国者」「毎日が地獄です」「いい国つくろう キャバクラ幕府」「この野郎 支払え」「変態」「痔」「御宅」「烏賊」「自己嫌悪」「婚活」「Tシャツに何て書いてあるか全然分からない」「私は日本人です」「日本語話せません」「掃除機」等々、意味を承知で着ているのであれば他人がとやかく言う必要はないのだが。


日本人も外国人を笑えない英語のTシャツを着ていて、しまむらで買ったTシャツの英語が何て書いてあるかなって思って調べたら「豚に真珠」って意味だった、などと言う若者もいる。その他、色々面白いTシャツがあるのだが、性的な表現、下ネタ、悪趣味、等々で紹介するのもはばかれるので止めるが、何故こんな悲劇(?)が起きるのか?というとスラング、俗語、流行語等でしか表現出来ない下品、性的な英単語を学校で教えないからなのだ。英語圏の日常生活では当たり前に使っている単語なのだろうが、日本の授業では使えまい。英語は、2020年より小学校3年生から必修化、5,6年生で「教科化」されることが決まっているが、日常会話が出来るように教える事が最重要課題ではあるまいか?日本語も満足に読み書き出来ないのに、英語を教科書化するのはいかがなものか?という意見もあるが、子供の吸収力は凄いので杞憂だと思う。3年後のオリンピックを控えて、外国人旅行者が一番困ると予想されるのは街行く人に尋ねても「英語が通じない」事で、日本人のシャイな性格も災いしている。スマフォの同時通訳に頼るしか方法は無いのだろうか?街に「私は英語がちょっぴり話せます」のTシャツを着た元気な小学生が溢れていると嬉しい。「英会話 小学生に 教えられ」


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絵本作家いちよんごさんの「妖怪かるた」 [教育・生活]

朝日新聞の天声人語に”いちよんごさんの「妖怪かるた」”が紹介されていて、ネットで調べて見たら有名な絵本作家だという事を初めて知った。子供がおいでの家庭ならば、すでに親子で楽しんでいらっしゃる方もおいでだろう。この「妖怪かるた」だが、いちよんごさんの創作の動機が「子育てってイライラの連続。でも妖怪のしわざだと思うと、むやみに子供を叱らずに済みます」で、きっかけは8年前に夜更かしする長男を寝かそうと、”人の生気を鼻から吸い取る伝説の妖怪「黒玉」を登場させ「9時過ぎた。黒玉、黒玉。寝ない子どこだ」という絵本を作ったのがきっかけになった。子供は妖怪に弱いので、効き目は抜群なのだろうが、あまりにも怖すぎて眠れなくなってしまいそうで心配だ。私も子供の頃に母親から「~していると、~が出るぞ」と脅かされて育った記憶がある。嘘だと判っているのに、心のどこかで本当にいるかも知れないという疑念がぬぐいきれず、しぶしぶ母親の言う事に従わざるを得なかった。「妖怪かるた」に登場するのは怖い妖怪だけではなくて、思わず笑ってしまう妖怪もいる。天声人語には「トッチラカッパ」は部屋をとっちらかして片付けない妖怪、「べんじょみいら」はトイレの紙を使い尽くす、「すなかくし」はポケットに砂を入れて洗濯させる、等々の妖怪が紹介されていた。


「妖怪かるた」にはもっと面白い妖怪がいるだろうとネットで調べてみたら、ガス台でいたずらしようとすると出てくる「えんらえんら」、食べた食器をさげないおさらをいちまいにまいと数える「さらかぞえ」、頭を洗わないので汚い髪の毛が大好きな「けうけげん」、嘘つきの子供にとりついて背中でにやりとわらう「きつねつき」等々、「べんじょみいら」と同じ様にこれらは子どもに注意を促す為の妖怪。自分の体験したエピソードに基づいた妖怪もあり、自分で何でもやってみたい時期に現れる「じぶんできるもん じぶんではくもん もんもんじぃ」や、ベランダで洗濯物を干していると室内からかぎを掛けてしまう、ひえこむあさにかぎってあらわる「しめだし太郎」などは情景を思い浮かべると笑ってしまう。大人向けの妖怪も紹介されており、「うん」「へぇ」と生返事ばかりの「うんへぇさん」、捨てて欲しくて玄関に出しておいたゴミ袋をまたいで出勤する「ゴミまたぎ」、休日は家族が居る昼間はひたすら寝て、家族が寝静まったら起きてくる「ひるねる坊主」等々、妖怪がとりついているのだと思えば奥さんも腹が立たない?そんな甘い訳がないだろう。切れた奥さん程怖いものは無い、妖怪どころか怪獣で、「GREEN DA・KA・RA やさしい麦茶」のCMでも、5歳になった“ムギちゃん”が歌っている「ママの怒った顔はーシーサーに似ているー♪」「ママの怒った顔はージャミラの時もあるー♪」「モアイの時もあるー♪」なのだ。(しかし、今の子供にジャミラが何者だか判るのだろうか?)


ここから、妖怪と呼ばれる政治家、岸信介、安倍総理、菅官房長官、二階幹事長への批判を述べよう思っていたのだが労力が勿体ないので止める。思い思いに想像して下さい。「妖怪かるた」を調べていたら、一般児童のかるたが秀逸だったので、そちらを紹介します。「きのこくん:人の作った食べ物を何でも苦手にさせてくれる」「めんどくさい:人に憑りついて面倒臭くする」「てつぼういや:鉄棒嫌のしわざ」「けんか女王:けんかは私の仕業」「ほんかいじん:本を90頁まで読ませる」「きおくがわり:やろうとしたことをすぐ忘れる」「はいたつくん:受け取ると倒れる」「バケモノは こわくてやだな ほんとうに(君こそばけもんかも)」「しらんおに:何を言っても知らんぷり」「わがマシュマロ:わがままを言われたならば出て来るぞ」「二度寝マン:朝なのに二度寝をさせる」「キカンパン:聞いてるの?耳遠くする」その他一杯ある。子供が良い事も悪い事もすべて妖怪のせいにしているのが可愛い。残念なのが、かるたの絵を紹介出来ない事で、今国立西洋美術館で「宮廷画家アルチンボルド展」が行われているが、彼の果物や野菜、魚や書物といったモティーフを思いがけないかたちで組み合わせた寓意的な肖像画よりも凄い。グーグルで”わくわくスクール2015 妖怪かるた”と検索すると出て来る「妖怪かるた」を御覧下さい。「ぬりかべも そこまで塗らぬ 妻の化粧」


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天国と極楽の違い [教育・生活]

新聞に「地獄・極楽へご案内」の記事があり、地獄に落ちた人が鬼に虐められている絵が載っていた。夏休み中の子供が観て、夢でうなされなければなければ良いのだが、「地獄に落ちる怖さ」など今時の子供には全く通用しないのかも知れない。地獄からさえも追い出された人の犯罪ではあるまいか?と思えるような残虐な事件で溢れている現在なのだから。しかし、地獄絵図は良く見かけるが極楽絵図はあまり見た事がない。多分だが、地獄は誰でも一度や二度は現実に体験しているので描きやすいのだろうし、極楽絵図などそれこそ「絵に描いた餅」なのでつまらないのだろう。キリスト教では天国と地獄の概念しか無いのだが、仏教では地獄も8段階に別れているので結構複雑である。どうせ私は極楽に行くに決まっているので、地獄がどうなっていようが構わない。この地獄も六道の一つで、人は死ぬと六道(天、人間、阿修羅、畜生、餓鬼、地獄)の中で生まれ変わる「輪廻」を繰り返し、六道から抜け出した悟りの世界が極楽浄土で、抜けるには念仏の修行が必要だと言われている。私は不審人、もとい不信人なので本当かな?と思う。ネットで天国と極楽の違いを調べていたら、「西洋人は天国へ、東洋人は極楽へ行きます」という回答があったが、ダブル(ハーフという表現は止めたい)の人はどうなるのだろう?信じる宗教での違いならば、無宗教の人の行き場が無くなってしまう。もう一つの回答が「天国は天使がいて、極楽にはトンボと鳥がいます」だった。


あまり不真面目だと地獄に落ちてしまいそうなので、真面目な話で挽回したい(何を?)。エリック・クラプトンの名曲「Tears in heaven」は、まだ4歳だった息子を不慮の事故で亡くした彼がどん底から這い上がるきっかけとなった作品で、訳詞は「Lady Satin's English Project」さんのブログが秀逸だったので、借用させて頂いた。
「もしも天国で会ったなら 君は僕の名前を覚えているだろうか
もしも天国で会ったなら 以前と同じでいられるのだろうか
僕は強くならなくてはいけない そして頑張って生きていかなくてはならないね
ここ天国は僕がいるべき場所ではないとわかっているから」
「もしも天国で会ったなら 君は僕の手を握ってくれるだろうか
もしも天国で会ったなら 僕が立っていられるよう助けてくれるだろうか
僕は自分の進むべき道を見つけていくよ 昼も夜もね
ここ天国に僕がいることはできないとわかっているから」
「時の経過はお前を落ち込ませるだろう お前を神の前にひざまずかせるだろう
お前の心を打ち砕くだろう そしてお前を神に請わせるようになるだろう
どうかお願い...と」
「扉を超えたところにはきっと平穏がある そして僕にはわかる
天国にはもう 深い悲しみ(tears)など存在しないのだということを」


私が不思議に思うのは、極楽や天国に居る人達が、地獄に落ちてしまった人達にどうして無関心で心穏やかに毎日を過ごせるのか?である。極楽や天国に行けたのだから、皆優しい心の持ち主であろうから、幾ら前世に悪い事をしたとはいえ、救済活動や虐待反対運動の一つ位やってもバチはあたるまい、何しろ天国にいるのだから。なので、こういった自己矛盾を抱えている地獄極楽制度(?)を私は信じない。だから、もし地獄があるならば私は当確間違い無しだろう。地獄は8つに別れていると冒頭に述べたが、もし選べるならば「衆合地獄」にしようかな?この地獄の罰は「美しい女性が現れ、近づくと消える」。でもよくよく考えたら「あれっ?生きてる時に散々受けた罰じゃないか!」。消えてくれた方が罰が軽かったりして。「悪妻に 地獄の鬼も 貰い泣き」


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足裏マッサージ器で窒息死事故と核ゴミ処分「適地」 [社会]

「足裏マッサージ器で窒息死事故」このニュースを朝日新聞の朝刊で読んだのだが、死亡事故の原因が良く解らなかった。足用のマッサージ器を枕のように頭の下に置いて使い、衣服の襟がローラーに巻き込まれて窒息死したとみられるという。何となくは想像出来るのだが、亡くなられた方が77歳の女性で、メーカーも使用中止を呼びかけていたというのだから、欠陥のある家電製品の犠牲者ではあるまいか?と考えてしまった。ところが、毎日新聞の夕刊に同じ記事が写真付きで載っており、見た瞬間に何故事故が起きたのか一目瞭然で、亡くなられた方には申し訳ないが、誤った使い方をしてメーカーを責めるのはメーカーが気の毒である。問題の足裏マッサージ器だが、カバーが外されて回転部分が剥き出しなので構造が良く解る。マッサージする部分はこぶし大の太さで、長さ30cm程度の棒がモーターで回転するのだが、足裏のツボを刺激出来るようにらせん状のマカロニのような大きさの小さなローラーが、左右それぞれ20個程度点在して棒についていて、この小さなローラーが襟を巻き込み易くしたのだろう。見た目は人間の首を絞めて窒息死させる程の力があるとは思えないが、回転数をギヤで落として速度の代わりにトルクを得る構造なのだろうから、かなりの巻き込み力があると想像出来る。くつろぐ為の器具が凶器に変わってしまった訳で、死亡された方も何が起こったのか判るまいし、徐々に首を絞めつけられての窒息死を想像すると恐ろしい。


ネットで死亡事故が起きる家電製品を調べて見たら、2017年2月の「日経新聞」に以下の記事を見つけた。”ストーブや介護用品といった暮らしの中の身近な製品を使って起きた死亡事故が昨年3月までの10年間に少なくとも計770件発生し、死者は計903人に上ることが1日、製品評価技術基盤機構(NITE)への取材で分かった。消費者庁やNITEを所管する経済産業省によると、こうした製品事故全体の死者数集計は初めて。製品別では169人が死亡した石油ストーブが最も多く、高齢者の事故も目立つ。不注意や誤った使い方が原因とみられる事故が全体の4割を占め、製品を正しく使えば救えた命は多い。NITEは「家族ら周囲の人が使用者に注意を促すのも有効だ。命に関わることだと認識し、正しい使い方を徹底してほしい」としている。死者が出た製品事故は2006年度に175件、07年度は184件あったが、その後は減少傾向で近年は40件前後で推移している。製品別の事故件数は石油ストーブの135件に続き、電気ストーブ91件(99人死亡)、ガスこんろ78件(90人死亡)の順に多かった。石油や電気、ガスを使う製品では火災が多く、1件で複数人が犠牲になっている。高齢化に伴い、介護ベッドなどの介護用具54件(54人死亡)、電動車いす47件(47人死亡)の事故も目立っている。(以下省略)”


「旅館の電気ポットで幼児がやけどで死亡」「石油ストーブの給油口が長年の使用で変形して完全にロックされず火災に至る」「ドラム式洗濯乾燥機の中で7歳児窒息死亡事故」「電気マッサージ器で脊髄損傷、骨折」等々、あながちメーカーだけを責められない事故が多いし、メーカーを責めても亡くなられた方の命は戻って来ない。それでも遺族はメーカーを責め、メーカーはイメージが大切なので詫びる。つまり、メーカーには製造責任があるのだ。核ゴミのメーカーである経済産業省が昨日の新聞に”核ゴミ処分「適地」国土3割”の地図を発表したが、「適地」に笑ってしまう。この先10万年安全な土地だとどうして言えるのか?そもそも、処分出来もしないゴミをどうして無責任に出してしまったのか?何故、全国が候補なのか?どうして青森県と福島県は除外されると約束出来るのか?20年ほどかけて候補地を絞り込むというが、本当に出来るのか?そんな自治体があるのか?全ては目先の誤魔化しでしかないし、もう誤魔化しは安倍政権だけで沢山だ。「天国へ のぼる気持ちの マッサージ器」(ブラック御免)


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TVは見下ろして観ませんか? [教育・生活]

ある落語家が仕事を終えて帰宅したのだが、玄関で出迎える筈の弟子の姿が無い。仕方が無いので居間を覗いたら、つけっぱなしのTVが横倒しになっていた。不思議に思ったら、弟子が寝転んで片肘枕で観ていたという。怒るどころか、弟子の頭の良さに感心してしまった、という噺の枕があった。未だに画面を横にも映せるTVなど発売されていないが、パソコンのディスプレイは横に出来るので、そういった機能を持つTVがあれば、売れるのではあるまいか?もっとも、本体を横にすれば済む話なので、購入者が気付く前に素早く売る必要がある。冗談はともかく、TVを設置する高さは目線より下にすべきだ、が私の提案である。TVのドラマやニュース、一般家庭でも良く目に入るTVだが、私はこのTVの設置高さが気になる。壁掛けTVが目線より高い位置にあるのを見ると「TVなんてそんなに有難がって観るもんじゃあないでしょうに」と感じてしまう。第一、見上げて視聴を続けると首が疲れて仕方があるまいし、見応えのあるありがたい番組などほとんど放送していないのだから。


私は朝食を8時頃から食べ始めるのだが、この時間帯にニュースをやっている放送局が無い。NHKは朝ドラだし、日本テレビは「スッキリ!!」、テレビ朝日は「羽鳥モーニングショー」、TBSは「ビビット」、TV東京は「厳選いい宿」、フジテレビは「特ダネ!」(タイトルは覚えて無いので新聞の番組表で調べた)で、NHKとTV東京以外はニュースと言えばニュースなのだが、ワイドショーに近い。もっとも、朝8時頃にのんびりと自宅で朝食をとっている勤め人などごく僅かで、番組の対象は主婦なのだろう。新聞の番組表を見ると、確かに朝5時~6時台は各局しっかりしたニュース番組をやっている。それを考慮しても、朝8時台のワイドショーが酷すぎる。昨日は民放4社が「今井絵里子議員の不倫」を取り上げていて、どのチャンネルに変えても似たような報道をしている(その前は「松居一代」だった)。仕方が無いのでNHKの「あさイチ」に変えるのだが、毎日企画は違えど主婦向けだ。私も文句を言わずにTVを消して、新聞でも読みながら朝食を食べれば良いのだが、息子も食べており子供の手前、行儀が悪いので出来ない。息子と会話でもしながら食べれば良いのだろうが、寝起きの息子相手ではろくな話題も無い。こういう時に「猫でも飼おうかな?」と思ったりする。息子より猫を相手にした方が会話が弾むような気がするので(冗談です)。


息子は朝15分程度、夕食でも30分程度位しかTVを観ない。食事が済むと自室に籠って読書に耽っている、ならば感心なのだが漫画やパソコンゲームに夢中だ。息子を見ていると今の若者のTV離れが良く解る。20代の16%がTVを観ていない時代なのだ。私は結構TVを観ており、ニュース、スポーツがメインなのだが、お笑いや、話題になりそうなTVドラマなども観ている。好みはひとそれぞれなので、何を観ようが他人がとやかく言う事ではないし、TV局も観て貰いたいと思って視聴率を意識して番組を製作している。なので結果として、朝のワイドショーのように、似たような番組が似たような内容を流すようになってしまった。昨日の新聞に「テレビ番組これでいいのか」の兵庫県にお住いの年金生活者75歳男性の投書があり”出演する芸能人が楽しんでいるだけの番組がいかに多い事か。この傾向が民放だけでなくNHKまでもこの傾向にあり幻滅する。”と嘆かれていた。民放最高の売上高の日本テレビでも3110億円なのに、NHKの受信料収入は6769億円で、今ネット配信でもお金を取ろうとしている。国民から巻き上げたお金で、政府広報局になり下がってしまったような放送内容では国民は納得するまい。加計学園を巡る報道に6月だけで約4400件の意見が寄せられ、好評が880件だったのに対し、厳しい意見が2300件と大きく上回ったのだから。少なくとも、国会中継は全てTV中継すべきであろう。視聴率など気にしなくても良いNHKなのだから。「NHK 民放キャスター 養成所」


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