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映画観賞に4DXは必要か? [映画]

TV番組「人志松本 すべらない話」で千原ジュニアが「シン・ゴジラを4DXで観た」すべらない話しが興味深かった。この4DXなのだが、私は体験した事がないのでネットで調べて見たら”韓国のCJ 4D PLEX社が開発し、2009年に提供を開始した。座席が劇中のシーンに連動して前後左右、上下に稼動。各座席や場内に設置された装置により、風、霧、香り、煙、フラッシュ照明など様々な演出効果も体感できる。4DX専用ではない他の映画作品でも演出が可能で、3D映画の3次元映像にも対応している”とあり、韓国で開発されたというのも面白い。千原の話しだが”3千円という高い入場料にも驚いたが、2Dで製作された「シン・ゴジラ」を4DXで観る意味があるのだろうか?水がかかるシーン、風が吹くシーン、椅子が動くシーンに、めまぐるしくこれでもかと揺さぶられるのだが、あらゆるシーンに対して行われるので、誰の目線での体感なのかも解らなくて、4DXって映画をより楽しく観る効果があるのだろうか?”という主旨だった。写真で4DXの映画館のシートを見つけたのだが、4シートが一緒に動くので、想像だが映画館内の全ての4シートは同じ動きをするのだろう。


言うまでもなく映画の観賞方法は自由なので、多くの人は自分が主人公や敵役、脇役に感情移入しながらか、さもなければ監督になったつもり(私はこれ)や第三者として観ているのだろうと思う。ころころ視点が変わろうが自分の心の中の出来事なので誰にも強制される事はない。ところが4DXで観賞という事になると、シーンに写された人物なり風景に視点が強制的に固定させられてしまう、お節介な装置なのだ。邪魔だし迷惑な装置だと思うのだが、嫌ならば4DXで観なければ良いだけの話だろうけれども、これに対し3Dや音響効果は観客の視点の邪魔はしない。言うなれば4DXは五感を無理やり刺激して感動を強制しているのではなかろうか?勿論、これは私だけの狭い考えで、映画にもよるのだろうし4DXの効果を絶賛している人も大勢おいでになるので、体験もしていない私が想像で書いているに過ぎないのだが、少なくとも時代劇には向くまい。


昔、「レーサー」という映画(1969年公開)だったと思うが新宿ピカデリーで観た。ポール・ニューマンが演ずる主人公はプロのレーサードライバーで、映画は主人公の心臓の鼓動の音から始まる。長い静寂の後にスタートのフラグが振られた瞬間、エンジンの爆音が頭の後ろから前に突き抜けて行った。多分、サラウンドという音響技術だったのだろう。今では珍しくも何とも無い技術なのだが、初めて体験した私には衝撃的で、映画のシーンと音響効果が凄くマッチしていた。もし、これを4DXで観たならば風も吹き椅子も揺れてより衝撃的になるのかも知れないが、風や振動は外から与えられなくても自分の想像力でまかなえるような気がするし、そうありたいと思う。息子がホラー映画「貞子vs伽椰子」という映画で4DXを体験した話しをしてくれたが「料金が高いし、水が顔にかかって不愉快だった」と言う。身も蓋もない言い方をすれば「良い映画であれば、4DXのコケ脅しなど不要!それより入場料をもっと安くしてくれ!」と思う。映画の魅力はあくまで映像と音響にあるのだから、それ以上の効果を足すのは厚化粧でしかないというのが私の意見。すべらない記事にしようと書き始めたのだがすべってしまったかな?



シートの肘掛は早い者勝ち? [映画]

何時も思っていたのだが、映画館や劇場のシートの肘掛は通路側か壁際を除き、隣り合った二つのシートに一つしかない。なので、夫婦等で観に行った場合は夫が使う(?)か、その上に妻の腕が重なったりして仲良く使えるのだが、見知らぬ人が隣だとこれが難しい。早い者勝ちだと思うのだが、そう思って頂けない方も時たまおいでになるので、鑑賞に没頭できなくなってしまう場合もある。なので私は通路側の席が好きだ。この席ならば肘掛をとりあえず左右どちらかを確保出来る。しかし夫婦で観に行った場合に、家内の隣が女性ならば良いが男性ならば私が座らざるを得ない。女性の場合に私が隣に座るのはマナー違反だと思っているし、相手も嫌だろうと思う。何時も行く映画館は肘掛に飲み物のカップを置けるホルダーが肘掛に付いていて、カップを置いた人が肘掛の権利を宣言している。油断していると飲んでいる隙に時たま奪われてしまうので油断出来ない。こうなると、映画より隣の人が気になってしまい、何の為に映画館に来たのか解らなくなってしまう。こんな事を考えながら観ているのは私だけだろうか?


私の住む新所沢には、パルコがありその中に”新所沢レッツシネパーク”という映画館がある。息子が幼稚園児だった頃、初めて観に行った。題名は「クレヨンしんちゃん 雲黒斎の野望」だったろうか?「落第忍者乱太郎」に「草井兵四郎」というキャラが登場するが、お子様向けアニメにはこういった洒落た(?)下ネタの名前が多い。それはともかく、狭いスペースにスクリーンが3つもありどれもシートに傾斜が付いていないし、スクリーン自体も小さい。息子に催促されて渋々来たのだが、行き着けの映画館とは雲泥の差がある。それでも料金は一緒なので、ますますがっかりした。息子が最後まで観てくれるならば、まだ元が取れるのだが途中で飽きたらしく「帰ろう」と言われたので、夢中になって観ていた私も仕方がないので出て来てしまった。それ以来、二度と行ってない。それでも通りかかる度に最新の映画を上映していたので、車で遠くのシネマコンプレックスに行けない人には重宝がられているのだろう。私は「このスクリーンの大きさと音響設備ならば家でレンタルDVDでも借りて観た方がましだよなあ」と思うが、やはり映画館で観た映画はどんなしょぼい映画館でも忘れないので、やはり映画は映画館で観るに限るのだと思う。


数日前の新聞にこの映画館の「リニューアルオープン」のチラシが入って来た。売りは「全席プレミアムシート」で料金もそのままなのだ。シートは3種類あり、まずはファーストプレミアムシートだが飛行機のファーストクラスを思わせるような電動フルリクライニングシートで2座席の間に小さなテーブルまで付いているのでカップル用なのだろう。次はセカンドプレミアムシートで悩みの種(?)の肘掛が両脇に付いているので私の悩みが解消されている。最後が画期的(?)なBOXプレミアムシートで約一坪のフラットシートなので夫婦2人子供2人が寝転びながらでも観れて、このシートは最前席にある。これらのシートにする為に、3スクリーンで650席あったシートを331席に減らしたのだ。飲み物にはビールまであるがグラスで520円と高い。これは飲まなければ良いのだが、一般1800円でシルバー1100円の料金が高すぎる。シートなどより料金を下げてくれ!と言いたくなる。床に座布団で料金300円なら満席になると思うんだけどなあ。


「オケ老人」にボケ老人は居ない [映画]

久しぶりに映画を観に行った。「オケ老人」というタイトルで、主演は杏。観に行こうと思ったのはアマチュアオーケストラという題材が気になったから。平日の昼間なので空いているとは思ったが、116席ある観客席に数人だけだった。55歳以上は1100円で観る事が出来て、免許証を提示したのだがチケット売り場の係員はその必要は無さそうな素振りだった(少しムッとする)。私が行った映画館は”大井イオンシネマ”でスクリーンは7つある。同時上映していた「君の名は」か「ジャック・リーチャー」に行きそうになったが踏みとどまった。何故なら「面白いに決まっている」からで、相変わらず自分がへそ曲がりだなあと思う。肝心の「オケ老人」の感想なのだが、良い意味でも悪い意味でも”普通”。私は映像より「どういう風にアマオケが上達して行く過程を音で表現して行くのか?」に関心があったので、そういう意味では成功しているのではあるまいか?(偉そうに御免なさい)。この映画だが、ブログの記事を書く為に観た後で調べて見たら、関東の撮影予定地数箇所でエキストラ参加者を一般公募していた。「もしかすると演奏者のエキストラ?」と思ったが、観客のエキストラだったようだ。映画の最初の演奏に較べたら、最後の演奏の出来は素晴らしいのだが楽団員の半分位しか老人がいないので「オケ老人」というタイトルにも突っ込みたくなるのだが、これを御覧になられた老人が「よし、俺も楽器をやろう!」と思って頂ければ、この映画は大成功ではあるまいか?但し、弦楽器を選ばない事をお奨めする。何度も書いて恐縮だが、クラリネットがお奨めで、間違ってバイオリンなど選んでしまったら、綺麗な音色が出る前に自分の出す音色に気が狂って死んでしまうので、間違ってもそばにも近付かないで頂きたい。


何故、私が映画館に行かなくなったのか?の理由の一つにトイレの問題がある。映画は普通2時間程度なので、これ位ならばトイレを我慢出来るだろうと思うのだが、齢をとるにつれて我慢出来る時間が短くなった。さすがに、まだ漏らした事はないが漏れそうになった事は何度もある。これは老人だけでなく、女性でもお悩みの方も多いと思う。勿論、映画の始まる前にトイレに行って鑑賞中には水分も一切とらないのだが、今日もいっぱいいっぱいだったので齢はとりたくないもので、60歳を過ぎたらせめて2年で1歳にして貰いたい(もう滅茶苦茶)。今日の映画館もトイレは一箇所しかなくて、スクリーンはトイレから一番遠い5番だった。映画のタイトルがタイトルなのだからトイレに一番近いスクリーンにするか、もう一つトイレを設置してはどうだろうか?映画を中断してトイレタイムを設ける案もある(無いか)。これから益々高齢化社会になって行くのだから、その位の企業努力をしないと映画館に来る老人などいなくなってしまうような気がする。料金も1100円は高過ぎで高校生は毎日1000円だというのも気に喰わない(八つ当たりです)。一日フリーパスとかを発売して貰えればパチンコ屋などでお金と時間を使わなくて済むので、老人には大助かりだと思うのだが。「大人用紙おむつがあるじゃないか!」という悪魔の囁きが聞こえるが、穿いた瞬間一気に寝たきり老人になってしまうような気がする。新聞に「仕方なく両親に老人ホームに入って貰ったが、一気に老けてしまった」と嘆かれていた娘さんの投書があったけれど、本当にそうだと思う。


「オケ老人」に戻ると、この「オケ」は「オーケストラ」は勿論だが映画では「カンオケ」「ボケ」「オーケー」の意味もあった。日本は世界的に見ても一番アマチュアオーケストラが多い国で、JAO(日本アマチュアオーケストラ連盟)に加盟のものだけで現在全国に145団体あるという。レベルは問わないのであれば1500以上あるらしい。映画の中には「ボケ」老人は出てこなかったので、これも「楽器で多くの人と演奏が楽しめている生活をしているから」という事を言いたいのだろう。私もオーケストラに入りたくなったが、弾ける楽器が無いので指揮者を募集しているアマオケを探して見ようかなと思うが、そんなに世間はアマくないだろうな。


ロマンポルノにロマンは要らない [映画]

この前NHKのTV番組で「日活ロマンポルノ」を取り上げていた。「NHKがロマンポルノ?」と眉をひそめる私ではない、拍手喝采で観た。日活ロマンポルノは日活が経営が苦しくなったので、生き残るために活路をポルノに求めた。私も学生ながらあまりの路線変更に驚いた記憶がある。それまでの日活映画といえば青春映画路線だったのだから。吉永小百合は勿論、松原智恵子や和泉雅子が主演の純愛路線だったのだ。その時の相手男優の名前は省略、書きたくも無い。その良き時代も1960年代で終わってしまった。1971年に堀社長が退陣し、息子の堀雅彦が社長に就任して、彼は採算面から低予算の成人映画製作に踏み切った。そして同年11月から正式に、「日活ロマンポルノ」と銘打った成人映画路線をスタートさせた。路線第1弾の作品は「色暦大奥秘話」、同時上映「団地妻 昼下りの情事」(私も顔を真っ赤にしながら書いている。嘘です)。大手の映画会社が本格的なポルノ映画に着手するのは世界にも例がない。これにより、これまでの上述の日活映画スターたち及び一部のスタッフは事実上フリーになった。日活ロマンポルノは「10分に一度濡れ場を入れる事」」「上映時間は70分程度」「モザイク・ボカシは入らない様に対処する 」が条件だったが、これではストーリーが苦しいと思うのだが1988年に見切りを付けるまで、何と1100本も製作した。私は半分位しか観ていない。(冗談ですよ)



1971年は私が19歳で、大学に入ったら学園祭で「日活ロマンポルノ祭り」という催しをやった。多分、映研あたりが主催したのだろうが「学びの場である大学でポルノ映画の上映などけしからん!やっても人が集まる訳が無い!」と思ったのだが会場の教室は超満員だった。しかも有料で、仕方が無いので私も渋々お金を払って観た。昼間観るポルノはどちらかというと笑える。クラスメートと一緒に観ているという事もあって、あまりのめり込めない(?)。映画のタイトルは忘れてしまったが(ポルノ映画はタイトル名などどうでも良いのだ)、隣の未亡人に誘惑されて童貞を奪われた浪人が「僕はこんな事をしていちゃ駄目だ!家に帰って勉強しなくちゃ!」というセリフに会場から「偉い!」という掛け声がかかり、会場は大爆笑だった。それこそ会場で観ていた学生達が言うべきセリフではなかろうか?私も含めてだけれども。



日活ロマンポルノの映画の題名を少し書こうかな?と思ったが変な気分になって記事が書けなくなってしまいそうなので辞めるが、一つだけ触れたい。「八月の濡れた砂」という映画なのだが、これはロマンポルノでは無くて移行する前の旧体制日活最後の作品で、私はロマンポルノだと誤解していた。石川セリが歌う主題歌が今でも耳に残っているし、藤田敏八監督の作品の中で私が好きな映画の一つでお奨め。何故、ロマンポルノが終わってしまったのかといえば「アダルトビデオ」のレンタルビデオ店が大量に出現したからだ。アダルトビデオにはロマンは無いと思う。代わりにXXX(想像にお任せします)はある。考えて見れば、「ああいうシーンを映画館で皆で観る」事自体、ロマンがある古き良き時代だったのだと思う。



スタートレックのビジャーは人工知能 [映画]

最近「人工知能」や「人工頭脳」という言葉を良く耳にしますが、凄い時代になった
という話しです。新聞やニュース等でもコンピューターがチェス、将棋、囲碁など
でプロに勝利をおさめ始めたが、その事にも大きな関係があるのかも知れません。

何故「人工知能」の話しに「スタートレック」を持ち出したのか?というと映画化
された第一作は頭脳を持つ機械が主人公、というストーリーだったからなんです。
というのは建前で、さほど知識もないのに「人工知能とは何か?」を書こうとする
と数行で記事が終わってしまうので、というのが本音なのですが。それはともかく
、この映画は1979年に製作された。監督は”ロバート・ワイズ”で「ウエスト・サイド
物語」や「サウンド・オブ・ミュージック 」が主な作品です。特殊撮影が”ダグラス・
トランブル”で「2001年宇宙の旅」、「未知との遭遇」の作品で有名だと思います。
ストーリーですが、天体規模ほどもある巨大な雲状の「何か」が全人類を抹殺しよ
うと地球を襲う。その正体は実はNASAが昔打ち上げた惑星探査機ボイジャー、
ブラックホールに吸い込まれ、未知の星系で出会った機械生命に機能を拡張された
と思われる。人間を炭素ユニットと呼び人間扱いなどしない(?)まさに機械殺人鬼。
ボイジャーの文字が汚れて完全に読み取れなかったので、自分をビジャーと名乗り
宇宙の全ての情報を集めて来い、という使命を与えた創造主を捜してたどりついた
のが地球だった、という訳。ビジャーは使命完了の暗号を受け取るのを拒否する為
に自らアンテナを切ってしまう。最後は人間と合体し地球は救われる、という話。



この作品の前に1977年「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」が造られて
いますが、私にはどちらかといえばお子様向けの冒険活劇(古い表現)映画です。
それに較べ「スタートレック」はR-18指定(?)の映画で大人向きと思います。
この映画の基になったのがアメリカのTVドラマ「宇宙大作戦」で、ストーリーが
抜群に面白かった。昔泊りがけの出張で他社の人と飲んでいたら、彼も大ファンで
ケーブルTV観ていたという。ところが、放映されなくなったので慌てて視聴契約
を止めてしまったと言うので、正に私と同じような人が眼の前にいてびっくりした。

いけない「人工知能」について書くスペースが無くなりました。では姑息ですよね。

最近スマフォの音声認識やデジカメの画像認識が凄いと感じませんか?こんな所に
も「人工知能」の技術の一端が使われているようです。私は「人工知能」という言葉を
聞くたびに、「どうせ膨大なデータベースをいろんな風に組み合わせて、人間
のひらめきの代わりにしているに過ぎない」と考えていましたが、間違いでした。
つまり「データを用意して人間がそのデータをどう処理するのか?を指示している
に過ぎず、それを高速に処理するだけだ」と思っていたのです。老人は頭が古い。



私が考えていたのは「人工無脳」というらしく、例えば喋りかけると応対してくれる
ロボットもどきがありますが、多くは単に会話からキーワードを拾って、内部の
データベースとのマッチングによって、それらしい応答を返しているだけなのです。
ロボット型ペットのSONYのAIBOやソフトバンクのPepperはそれ以上の能力を
持っていますけれども、まだまだ発展途上の「人工知能」だと思います。

対して、素晴らしいと言って良いのか悪魔の発明だという噂もある「機械学習」や
「ディープラーニング」で「人工知能」が格段に飛躍しました。人間が先に処理を
指示するのではなくて、人間は後から気が付いて処理を指示したり、指示など与え
なくても勝手に処理をしてくれるんです。これは人間が気づいていない法則や特徴
を大量のデータを読み込ませることにより、勝手に処理を発見してくれるという、
人間を超える知能を生み出す可能性を示唆しています。良い例をネットで見つけた
ので紹介しますと、メールをフォルダごとに別けるのは人間がルールを教えます。
それに対してアンケートを集めて後から共通するものを見つけ、その結果をどう使
えばどうなるかをシミュレーションして最善の有効方法を見つけ、人間に提示する
という例です。私は何となく言わんとしたい事が解りました。危険性もですが。

もしかすると人類の未来は彼等に支配されてしまうのではないか?という学説も有
り、現実にビジャーが未来で作られる可能性は十二分にあるようです。私がもう少
し後に生まれていれば、この貧弱な頭脳を「人工頭脳」に換える事が出来たのかも
知れません。でもこの程度なら、今の100円ショップの電卓で十分置き換わりそう。


誰だって廃馬を撃つだろう? [映画]

記事のタイトルは映画「They Shoot Horses, Don't They?」からとりました。

日本語のタイトルは何故か「ひとりぼっちの青春」、映画の内容を考えると駄目な
タイトルの典型だろう。何故、原タイトルを忠実に訳そうとしないのか不思議だった。
それはさておき、映画の中で誰が言ったのか記憶にないが(多分、廃馬にした奴)
「誰だって、足の骨が折れてもう使い物にならない馬を見たら、撃ち殺して楽にして
やりたくなるだろう?」というセリフはいまだに覚えている。私が浪人の時に観たので
もう45年も前になる。監督はシドニー・ポラック、主演女優はジェーン・フォンダ、
主演男優はマイケル・サラザン、ダンス・マラソン大会が舞台だ。ここまで紹介して
おいて何だが、観なければ良かった(そんな映画はないけれど)と思うほど重い結末。



何の予備知識も無く、予備校の勉強をサボりたくなってぶらりと入った映画館で観た。
こういった観方をした方が名作に巡り会えるチャンスが多いような気がする。

時々この映画を思い出す事件をニュースで知る。最近は「利根川心中」で思いだした。
この事件で生き残った三女に懲役4年の刑が言い渡されたが、彼女を裁く権利など
あるのだろうか?彼女の心の中は誰にも解らないが彼女は非難されるべきではない。

この事件は、埼玉県深谷市の利根川で昨年11月、親子3人が入水した無理心中事件
母への殺人罪と、父の自殺を幇助したとして三女(47)が罪に問われたのだが、



無理心中を決意する背景だが、認知症の母(当時81)の介護をしながら一家の生計を
支えていた父(当時74)が体調を崩して退職せざるを得なくなり、三女は生活保護を
申請するなどして何とかしようとしたのだけれども、父から心中を持ちかけられて、
しかたなく両親と車で利根川に入り、母を殺害して父の自殺を手助けしてしまった。

三女をこういう気持ちにさせてしまったのが、生活保護受給の為に受けた市の調査だ。
「惨めになって死にたい気持ちが高まった」と供述したがどんな調査か知りたくなる。

年老いたご両親を廃馬に例えて申し訳ないが、三女が冒頭で述べたような気持ちに
なってもおかしくあるまい。判決を言い渡した女性裁判長をニュースでみたけれど、
裁判長を含め裁く側に三女の苦しみが頭でなく皮膚で理解出来ているのだろうか?
私は執行猶予付きの判決が相当だと思っていたので、判決にはすごく不満がある。

だが、三女にとって懲役3年で執行猶予が付かなかった事は良い事かも知れない。
罪を犯したのは事実で、その重さは自分自身が良く知っている。何らかの社会的
制裁を受けなければ、気持ちの整理が付かずに生きて行かねばならないのだから。
そうとでも思わないとやりきれない、とても気が重い事件、裁判結果だった。



貞子vs伽椰子を観ようかな [映画]

息子が珍しく新宿で映画を観て来たという。題名を訊くと「貞子vs伽椰子」だった。
「料金は1800円?ぐらい」と訊くと「3000円だったかな?」と答えたので、
変だなと思っていたら、「MX4Dだったからなんだ」と言う。知らない言葉なので、
詳しく聴いてみると、座席が動き、水がかかり、匂いまで出て来るというのだ。
スクリーンは飛び出して来る訳ではないようだった。なんか片手落ちの感がある。
”貞子”と言えば、TV画面から出て来るイメージがあるので、何だかなである。
(もし、3Dで飛び出して来るのならば、お許しを。息子が口下手なもんですから)

「面白かった?」と訊ねると、「面白かった。最後は周囲で笑い声が起きていた」
という。”貞子”はともかく”伽椰子”を知らなかったので訊くと、「呪怨」だという。



「ホラーに詳しいなあ」と言うと、どちらも子供の時に無理やり見せられたらしい。
「リング」は家内が熱狂的なファンで、DVDの観賞に付きあわされていたらしい。
「呪怨」は姉が友達と一緒に見る為にDVDを借りて来たのだが、怖いので一緒に
観てくれと頼まれたので、仕方なく付き合ったという。姉と友達は悲鳴をあげるだけ
で手で顔を覆い画面など観ていなかったそうだ。可哀相な息子である。息子にとって
怖かったのは”貞子”や”伽椰子”ではなく、家内や姉だったのではないだろうか?

私はホラは好きだがホラーは大嫌いだ。どうしてお金を出してまで不愉快な思いを
しなければならないのか理解出来ない。怖いというよりも理不尽さに怒りが先に立つ。
先祖のたたりなどがそうだと思うのだが、自分を大切に扱わなかったから子孫を恨み
子孫を酷い目に遭わせる。子孫は可愛い筈、そんな馬鹿な事があってたまるか!
又は自分の怨念を全く関係の無い他人にぶつける。好い加減にしろ!と言いたい。
こう言ってしまうと、身も蓋もなくなりホラー映画などなりたたないのだけれど。



この「貞子vs伽椰子」の発想は面白い。正に”モンスターにはモンスターを”だ。
観た人の感想を読むと、ホラーだけれどもコメディだ、という意見が多かった。
ありそうで無かった、こういう組み合わせを思い付く人はすばらしいと思う。

昔、「アリvs猪木」の試合をTV中継で観たが、つまらなかった。闘っている両人は
必死なのだろうが、それが格闘技の面白さに結びつかなかったのが残念だった。
最強同士でも組み合わせによっては面白くも何ともない見本だろうと思う。

もう少しで参議院議員選挙が始まるが、残念ながら「自民vs民進」にはなっていない。
同じリングの上にも立っていないのではないか?と時々思う程、民進党は稚拙だ。
私はアメリカのように二大政党が望ましいと考えているのだけれど、民進党はまだまだ
その器ではない。早く”貞子”に”vs”出来る”伽椰子”のような政党が現れて欲しい。



久しぶりのダスティン・ホフマン [映画]

”シェフ”という映画がおもしろそうなのでDVDを借りてきたら、
ダスティン・ホフマンが出ていてびっくりした。主役でないことにも、驚いた。
映画自体は普通の出来で、ツイッターが活躍する。
自分のブログの宣伝に使おうかな、なんて考えてしまうがツィートが嫌いです。

彼を”卒業”で知った。この映画は、席を立たずに2回見てしまった。
そういえば、昔の映画館ってそういう事が出来たんだなあ、と今頃気付く。



音楽も良かった。サイモン & ガーファンクル。
私は未だにどちらがどちらだか、区別がつかない。
深夜放送から”サウンドオブサイレンス”が流れた時、大ヒットの予感がした。
もんたよしのりの”ダンシングオールナイト”も聴いた瞬間、大ヒットの予感。

”真夜中のカウボーイ”も良かった。身長があまりないので、親近感がある。

映画って、一緒に観ている観客によって評価がかわりませんか?

例えば”ある愛の詩”という映画覚えてますか?デートで観に行きました。
有名なセリフが「愛とは決して後悔しないこと」。
主人公がこのセリフを言った直後、観客の一人がクシャミをした。
映画館内は感動のシーンなのにくすくす笑いが起きた。私達も顔を見合わせ苦笑い。

”フーテンの寅”なんかも観客と一緒に笑っている時が楽しい。
映画館内に一種の連帯感が生まれて、より楽しめる。



昔、良くやっていた”松田優作”特集。深夜に5本ぐらいぶっ続けで見る。
観客から指笛や拍手が起こり、映画館内が盛り上がる。今、こんな事許されない。

マカロニウェスタンが流行った時は学校をサボって街で一軒の映画館に入りびたり。
映画のフィルムをセットすると経営者は外で立て看板を描いている。

上映中にフィルムが切れ、10人もいない観客は誰かが知らせに行くだろうと待つ。
しびれを切らした観客が外の経営者にフィルムが切れている事を知らせる。

そんな時代に観た映画のほうが記憶に残っている。立て看板も懐かしい。


スターウォーズが楽しみ [映画]

スターウォーズの新作映画の映像が少しだけ公開されている。楽しみだ。

最初の作品を見た時は、冒頭の宇宙船の大きさにびっくりした事を思い出した。
お姫さまの吹き替えは林寛子だったと思う。何でこんな事覚えているんだろ。

お馴染みの”フォース”だが、字幕では確か”知力”になっていたと思う。
誤訳だと思ったし、”フォース”でいいじゃないかと感じた。



作り方も、時代をさかのぼって行くというストーリー展開が斬新だった。
この作り方ってずるいですよね。幾らでも話をでっちあげられる。

私が特に好きだったのは、ハン・ソロ(ハリソン・フォード)が出てくる第一作。
関根勤を見るたびにハリソン・フォードを思い出すのは私だけか?

予算が豊富なのだろうか?例えば宇宙船内のシーンで私が気になるのは背景。
それらしい雰囲気が出ていて、未来の宇宙船はああなるのかとワクワクした。



これが日本映画のSF、例えば怪獣映画に出てくる地球防衛隊の宇宙基地だと、
オシロスコープ(知らない人には御免)にサイン波や、リサージュ波形を描かせて、
数台並べてある。観客は人物にしか目線が行かないと思っているのだろうか?
あまりの稚拙な映像美に観ているこちらが恥ずかしくなる。

ゴット・ファーザーだっただろうか?食事のシーンは全て本物の料理だったという。
ファミリーで食べる人数と言ったら、へたすると百人以上?こだわりが凄い。

やっぱり、日本映画は時代劇が一番かな?かつらの出来が気になりますけど。
このブログも背景は時代劇だと思って下さい。



名作と駄作 [映画]

”龍三と七人の子分たち”をツタヤで借りてきて観た。つまらなかった。
始めは、振り込め詐欺に金では無く金目になる品物を渡すシーンにワクワク、
さあ始まるぞと思ったが、最後まで小ネタの連続で伏線しかなかった。

”ジュピター”と、この映画をはしごして観なくて本当に良かった。

最近TVで映画の宣伝を前ほどしなくなった様な気がする。
TVの前宣伝に釣られて観に行くと、TVで観た映像が最大の山場だったりした。



前の記事でツタヤでDVDを5枚借りたと書いたがその中の1枚が”セッション”
バディ・リッチに憧れているドラマーの話です。面白かった。

バディ・リッチ?ネットで調べて偉大な人だったと初めて知った。
映画にはチャーリー・パーカーの名前が良く出て来たが、私は苦手です。
修行僧の感じがして居心地が悪かった。ソニー・ロリンズの方が好きだった。

でも、持っているレコードの枚数を見てみたらパーカーの方が多かった。
多分、聞かなくちゃいけないレコードなんだと思って買っていたんだろう。

そういえば思い出した。荒木一郎、”空に星があるように”。
初めて楽譜を見た時は吃驚した。一音一音にコードが付いていた。
彼の発言に、「名曲だと思って聴いたが、耐え切らずに窓を開けてしまった」



ジャズといえば渡辺貞夫。 FMの”マイ・ディア・ライフ”は楽しみだった。
でも時々は不調で、スケールの練習してるの?と思う時もあったっけ。
彼が中近東だったかな?スタジオでレコーディングをしていた時の話。
結構良い演奏だった、と思ったらエンジニアが「テープが途中で切れてしまった」
気を取り直して再度演奏したら又、良い出来。
ところが「録音ボタンを押すのを忘れた」とエンジニア。3度録音したという。

冒頭の北野武に限らず、毎回名作は出来ないと思う。駄作もある。
駄作か名作かを決めるのは自分自身、なので迂闊に批評すると自分がばれてしまう。
勿論、駄作だけの人もいるけど。ブログの記事も一緒かな?