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パズルに ずるずる  解けずに ずるする [ゲーム]

TVで「パズルコレクション」という書籍のCMを観ていて欲しくなってしまった。早速、本屋に向かったのだが、「売り切れていなければ良いが」と不安がよぎる。ところが本屋についたら店頭に山積みされていたので、少しがっかりした。私はこういう場合、最後の1個が残ってくれていたほうが、苦労して手に入れた(どこが)感が増すので嬉しくなるのだが、大量にあると嬉しさも半減してしまう。この手のシリーズ物の書籍は創刊号が滅茶苦茶安くて、何と税込み499円なのだ。値段が安い事も買いたくなった理由の一つで、シリーズ全てのパズルが天然木製というのも気にいった。レジに向かったら、先客のおばさんが「ナンプレ(別名は数独)」という雑誌を買っていた。「えっ!まだやってる人がいるんだ」と思う。私も昔はまってパソコンで結構遊んだのだが、数ヶ月で飽きてしまった。「そんな雑誌買うより、これにしませんか?」と言いたくなるのをじっとこらえる。急いで家に帰ってパズルに挑戦してみた。凸の形をした積み木(体積は4)を54個を使って、6x6x6=216の立方体を創るだけのパズルなのだが数時間かけても出来なかった。難易度は5段階の3なので「簡単に出来ちゃうだろうな」と考えた私が馬鹿だった。次号が発売されるまでには解かなくちゃ、と思いながら、次号を見たら税込み1099円で難易度が4なので、憂鬱になって来た。次号は買うのをやめようかな?と弱気になり、私も「ナンプレ」にしておけば良かったなあ、などと後悔している。


かなり前になるけれど、回転寿司屋の入り口にあったガチャガチャで200円の知恵の輪を自分用に買った。「こんな知恵の輪、子供だましだろうな」と思えたので、答えの紙をカプセルと一緒に捨ててしまった。家に帰って、知恵の輪に挑戦したら難しくて解けない。とうとう「これは不良品ではあるまいか?」とまで考えた。自分の頭の方が不良品に決まっているのだけれど、悔しくてその事実を認めたくないのだ。どうしても解けないので、又回転寿司屋に行って、同じ知恵の輪が出るまでガチャガチャを引くしかないのかな?と思ったが、そうすれば結構な出費になるし同じ物が出てくるとは限らない。「まあ、5個位引いて見るか」と思って、回転寿司屋に向かったらお目当てのガチャガチャが無くなっていた。少しほっとした気持ちと残念な気持ちが入り混じって「たかが知恵の輪じゃないか」と思うのだが、何となく納得出来ない。お店の人に「何故、撤去したんですか?」と聞きたくなったが、止めた。多分、知恵の輪に不良品が多かったので撤去してしまったのだろう、と私は今だに思っている。(おいおい)


パズルや知恵の輪は解けないと悔しいし、「知恵の輪」という言い方も腹立たしい。解けないと「どこが知恵なんだ!ペンチがあれば一発で解決するパズルじゃないか!」と悪態もつきたくなる。もっと悔しいのは、昔は解けていたパズルや知恵の輪が、今解けなくなっている事だ。だんだん頭が固くなって来ている事を思い知らされるのは辛い。だから、最近は前に解けたパズルには再挑戦しない事にしているし、パズルも出来るだけ買わないようにしていたのだが、又買ってしまった。幼稚園に通う孫が遊びに来たら「喜ぶと思って買っておいたよ」と言って渡そうと思うのだが、彼が私の目の前で簡単に解いてしまい「つまんないパズルだね」と言われたらどうしよう?「知恵の輪と 名付けた人を 逆恨み」。


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ミニファミコンはミニファミリーのコンピュータ? [ゲーム]

ニンテンドークラシックミニファミコンが10日に発売された事をTVのニュースで知った。
今までのファミコンに比べすべての大きさが6割程なのでコントローラも6割程、懐かし
い高橋名人が昔は1秒間16回の連打が出来たのだがコントローラが小さい事もあって
12回だったが、それにしても凄い。ゲームは30個内臓しておりゲームの追加は出来な
い仕様で、電源はUSBで供給する。値段は5980円(+税)でこんなもの誰が買うのか
な?と思っていたら即日完売で大人気だ。今後の入荷予定は未定との事で、調べたら
アマゾンでは12000円で楽天では13500円と約2倍の値段で売りつけようとしている
業者がいた。コンサート等のチケットも問題になっているが、こういった商売が成り立っ
ているネット社会に腹立たしさを覚える。もっとも、ファミコンも売れないゲームとの抱き
合わせ販売が問題になった事があり、悪徳な商法は何時の世でも存在するのだろう。



専門的になって恐縮だがCPU部分はCoretex A7の4コア、GPUはMali400MP2と
の事でいわゆるARMという奴で、最近私もソフトの開発に携わった。このCPUにエミュ
レータといってソフトの力でファミコンの疑似動作をさせファミコンソフトを動かしている。
30個のゲームの中身はスーパーマリオやグラディウスのようにほとんどがアクション
やシューティングゲームだ。私も昔はまったゲームが沢山あったが今は老人なので反
射神経が必要なゲームは無理で、やっても楽しめないだろうと想像する。でもアル中で
手が震えるので連打だけは高橋名人に負けないかも知れない。(冗談ですよ、念の為)

このファミコンだが初めて見たのは親戚の家だった。故障したらしく「直せない?」と義
兄に頼まれて開けては見たけれど、とても手に負える物ではなかった。狭い筐体なの
で多少無理をして部品が押し込まれて作ってある。このファミコンだけれど正式名称は
「ファミリーコンピューター」である事は御存知だと思うが名前で得をしているような気が
する。これが「家庭用電気ゲーム機」なら買い渋る親もいたのではないかと想像する。
ところが「家庭用コンピューター」なのだ。今でこそパソコンなど珍しくも何ともないけれ
ども発売日は1983年、15000円でコンピュータが手に入ったのだ。修理が出来なか
ったのが悔しくてどんなCPUか調べて見て驚いた。表面は日本のメーカーであるリコー
のRP2A03なのだが、実は6502にサウンド用DACおよびDMA転送機能を追加して
BCD演算機能を削除したカスタムチップなのだ。何故驚いたかと言うと「6502」という
CPUは、iPhoneでお馴染みのアップル社が会社創立時に作ったAppleⅡに使われて
いたからだ。この製品は1977年に発表され価格は本体だけでおよそ30万円した。私
が25歳の時、会社では「これからの試験機はコンピューター制御に代わって行く」とい
う予測の基に即購入して社員に研究させてくれた。当時「ASCII」という雑誌がありその
記事の中に「インベーダーゲーム」ソフトが載っていた。数字とアルファベットで出来た
2桁の文字がA3用紙5枚位にびっしりと書いてあり、ゲームをやりたい一心で我々若
手社員が交代で打ち込んだ。ところがゲームが始まったら、TVを横にしないと駄目な
事が解った。上司が来るとTVが横になっているのを不思議がっていたけれど「研究の
為にやっているんです」と言って誤魔化した。毎日ほとんどの時間が横の状態だった。



この前TVで外国人が「インベーダーゲーム」で遊ぶ為わざわざ日本にやって来た番組
を観たが、やっかいな事に彼は”喫茶店に置かれていて、コインを入れて遊ぶ白黒TV
だがブラウン管にカラーテープを貼りカラーTVに見せかけた本物のゲーム機」でやり
たかったのだ。結局探し出して遊べたのだが下手で、店の人が「名古屋撃ち」を教え
てあげた程だ。時々「変な外人!(良い意味で)」にお目にかかるが彼もその一人だ。

この「ファミリー」だがあの当時の「ファミリー」はどこに行ってしまったのだろう。一家団
欒という言葉など死語になってしまったのではなかろうか?新商品名は「ミニファミコン
」、このミニはミニファミリーのような気がする。尤も、ミニでも無いよりまだましだろう。


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人生はポケモンGOに似ている [ゲーム]

私の”ポケモンGO!”のレベルは4なので、このゲームを語れる程遊んでいない。
けれどこのゲームを遊んで見て、何となく人生に似ているなあ、と思いついた次第。

孫が遊びに来たので、近くの航空公園まで娘と出かけた。孫と遊ぶよりも、ゲーム
を遊ぶ為だった。家の近くでは全然捕まらなかったポケモンが面白い様にゲット出
来るので夢中になっていたら、娘に「もっと孫と遊んで!」と怒られてしまった。
それよりも、孫をゲームに誘い込もうとしてスマフォの画面を見せたけれど、4歳
の男の子には少し早いのか、見向きもせずに水遊びに夢中だった。

孫が水遊びや砂場遊びに夢中になるのは当たり前、だってリアルの方が面白いから。
彼はバーチャルの世界などで遊んでいる暇などない。リアルだけで彼は十分楽しん
でいて、羨ましいと思う。お菓子を食べているのを眺めていても、本当に美味しそ
うに食べている。昨日の夕食を食べたかどうか?も思い出せないような私と違い、
彼は体験しているすべての事に、驚き、喜び、泣いて、怒り、そして覚えている。
そんな孫でも、やがてゲームに夢中になるのだろう。リアルでは味わえない感動を
味わう為に。度を過ぎると引き籠りになってしまうけれど、誰もが通る道だろう。



このゲームは引き籠りを外に引っ張り出す目的もあるようで、確かに効果がある。
部屋に引き籠っていても、このゲームの最大の魅了であるポケモンが収集出来ない。
何故、人は収集する事に快感を覚えるのだろう?収集するものは、何もポケモンと
は限らない。最近、数多くのブログを拝見していて感じたのだけれど、人は自分の
興味がある物を収集したいのではあるまいか?目的は自分の心を満たす為に。
ある物とは、花、食べ物、建物、自然、動物、芸術、生活、人、きりが無いけれど。

昔読んだ本に、”人は何かを失くして生まれて来る。生きるとはそれをさがす事”
という言葉があったが、成る程そうかもしれないなあ、と最近思うようになった。

”一期一会”という諺があるが、新聞の投書に”三つの偶然に感謝”という見出し
で、「最近この言葉の重みが身に染みてきた」という記事があった。難病と闘って
おいでの51歳主婦からの投稿で、「やがて人は死に、忘れられてしまうけれども、
生きている間に、同じ時代に同じ場所で関わり合うという三つの偶然が重なって、
初めて人と人との出会いが生まれる、これは凄い事だ」「家で療養生活を送らねば
ならないので、家を出て新しい出会いの機会が激減した」「今までの出会いに感謝
し、更なる出会いに期待し、心穏やかに過ごせれば、それが今の私の幸せ」とある。



昔、仕事をしていた時は顔が広い事が財産だった。技術職だったが小さな会社なの
で営業も兼ねていた。私はお会いする方に、面白い奴だと思って貰い、頻繁に出入
りさせて頂く為に、何時も笑い噺を何話か用意しておいた。鉄板な話しは、「ある
会社を訪問して初めてお会いした方に、働いていらしゃる方はどの位おいでですか?
と訊ねると、相手は暫く考えて、2割ぐらいいれば良い方ですかね、と答えた」
大抵爆笑して頂き、その場が和やかになった。ある会社の社長が「技術の不足は話
術でカバー」とおっしゃっていたが、その通りだと思う。勿論、冗談だと思ってい
たら本当に技術が無かった、というオチがつくのだけれど。こういう社長が知り合
いにいるという事が、私の財産だと思うし、私が生きて来た証であると考えている。

相手がポケモンではなく、人が相手ではなかなか出会うのは難しい。
それもピカチュウクラスともなると、滅多に出会えない。けれど、何時か出会える
のではないか?と思い人は生きているような気がする。今、若者にも現実は辛くて
バーチャルに依存したくなるのも解るのだが、所詮ゲームなのだ。ゲームを通して
人と出会えるチャンスもあるので、それを逃して欲しくない。私も出会いを求めて
外に出ようと思うが、徘徊老人と間違われて救急車に捕獲されてしまいそうで怖い。



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現実は不条理劇を超えてしまった [ゲーム]

昔、雑誌に”ハロルド・ピンターの不条理劇”を観に行った男子高校生の感想が掲載
されていて、「劇の途中で、オバサン達が入って来て自分達の席を大声で捜し始め、
そうでなくても難解な劇なのに、ますます訳が解らなくなってしまった」という。
正に不条理を身をもって体験できたので、若者に同情すると共に貴重な体験が出来て
羨ましく思った。もっとも、オバサンは不条理な存在なので劇など観に行かずとも、
どこでも不条理を体験可能。又、オバサンを敵にまわしてしまったが、映画館などで
後部席でおしゃべりされると、腹立たしい。不条理というより理不尽と言うべきか?



不条理と理不尽の違いが気になったので調べてみたら、不条理は筋道が立たない事、
理不尽は強い力を持った者が一方的に主張を通す事、という明快な回答があったが、
不条理には、漢字通りにルール無用の振舞い、という意味合いも強いと思う。

夕刊の記事で別役実氏が嘆いていた。「社会や現実が不条理劇以上になってくると、
劇がやりにくくなる」「演劇で不条理を指摘する喜びが失われていく感じがする」

笑ってしまった。”事実は小説より奇なり”という言葉があるが、現実は作家達の
想像をはるかに超えてしまった。鴻上尚史氏は「そのお陰で、昔は受けていた劇に
観客が拒否反応を示すようになった。何故なら不条理劇はある説明出来ないものに
ジャンプ出来る魅力があったが、オーム真理教事件や度重なる大震災により、訳の
解らないものを拒否する世の中になった」と言っている。もう、現実は不条理とか
理不尽なもので溢れているのだから、わざわざお金を払って観る必要は無いからだ。



今話題の”ポケモンNO”もとい”GO”だった。(わざとやってます、って余計)
私も早速入れました。まだ家から出ていないので、ゲットしたのはお一人様だけだ。
恐れ多くて1匹なんて呼べない。それにしても”ゲット”という言葉を流行らせた
このゲームは凄いなあ、と感心する。”捕獲”じゃゲームの魅力が半減してしまう。
思わず家から飛び出しそうになった。確かにAR技術をうまく取り入れたゲームだ
と思う。ゲームの功罪が問われているがゲームにだけ罪がある訳ではなくゲーマー
にも罪はある。要はゲーマーの遊び方次第で、功にも罪にもなってしまうのだろう。
私はゲームが大好きなのでとりあえず遊んで見ようと思う。(老人だがまだまだ若い)

私がこのゲームで不思議に思うのが、立ち入り禁止場所が解っているならば、そこ
にアイテムやポケモンを出現させなければ良いではないか?という事。不思議だ。
何か意図があるのだろうか?それにしても人を操れるゲームなので恐ろしくなる。
参議院選挙の投票所にでも人が集まるようにしておいたら、投票率も上がったのに。
東京都知事選挙では、是非そういう仕組みをお願いしたいものだ。

街中をスマフォ片手に闊歩している人を、知らない人が観たら何とおもうのだろう?
突然、不条理劇を観せられているような錯覚におちいってしまわないだろうか?
赤信号を無視して闊歩している不条理なゲーマーを、車ではねて死亡させてしまった
ドライバーは逮捕された時に、「理不尽だ!」と叫ぶような気がする。

全世界でこのゲームに夢中になっているゲーマーの不条理を思えば、トランプ氏の
不条理などものの数ではないのだろう。ゲームは不条理劇を超えてしまった現実をも
超えてしまったのだろう。このゲームに熱狂している人々は現実に背を向けている様
に思う。ゲームに飽きた時、現実がより不条理になっていなければ良いが無理だろう。



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プレステのVRが大人気 [ゲーム]

10月発売予定のプレイステーションVRが大人気で予約があっという間に完売だ。
価格は4万5千円、ヘッドフォンも付いているのかな?と思ったら視覚だけだった。

発売予定のゲームのタイトルの一つが、”制服少女と過ごす「サマーレッスン」”
思わず購入意欲をそそられるようなソフトだが、ビデオデッキといい、DVDといい
革命的な技術の普及に、XXは不可欠なのは何時の時代でも変らないなあと思う。

仕事でVRに関わった事がある。フライトシミュレータと言って、飛行機の操縦訓練
などに使われる。このフライトシミュレーターだが、主に視覚、聴覚、体感で人間を
騙して、あたかも飛行機で飛んでいるような感覚を与え操縦訓練するのが目的だ。



私の分担は座席を傾けることで、加速度を感じてもらうのだが、VRを知れば知る
程、無くても良い事に気付かされた。つまり視覚だけで人間は十分に騙されるのだ。

東京商船大学に「操船シミュレータ」という設備がある。本物のタンカーの操縦室が
あり、半径7mの円筒形スクリーンにCGで作られた海上の様子を写す。初めて体験
した時は吃驚した。海上がスクリーンに映し出された瞬間に、海に浮かぶタンカーの
中にいた。船酔いまでしそうだった。勿論操縦室など動いていない。視覚から入って
くる情報に脳が何とかして矛盾を無くそうとするあまり、騙されてしまうのだろう。

万国博覧会だっただろうか?360度のスクリーンにプロジェクターで映像を映す
アトラクションがあった。魔法の絨毯で世界中を飛び回っている気分だった。



東京商船大学も万国博覧会もそうなのだが、どちらも暫くすると吐き気がしてくる。
いわゆる3D酔いという奴だ。大掛かりな装置でもこれを無くすのは無理なのだ。

昔、ソニーのヘッドアップディスプレイを10万円位で購入してVRに使えないか
試してみたが、10分ほど付けていると気分が悪くなった。自信があったのだが。
この自信は”3DO”というゲーム機で遊んだ経験から来ている。ゲームタイトルは
「バーチャルホラー 呪われた館」で屋敷内をゾンビをやっつけながら進んでゆく。
3Dで描かれた屋敷内を歩き廻るのだが、吐き気を押さえながらゲームをしていた。
我慢出来なくなると、「トータルエクリプス」でシューティングを楽しんだっけ。

今度のプレイステーションVRは果たしてどの位の出来なのだろうか?病院が満員に
なったりして。そんな私の心配とは別の心配をしている人が新聞記事にあったと思う。
いわく、VRに夢中になって盗難が増える、体を触られる、後ろから襲われるという。
そういう人はVRに夢中になっていなくても、犯罪にあう人なので放っておけば良い。

このVRで思いだすのが、萩尾望都の「百億の昼と千億の夜」で原作の光瀬龍よりも
面白くて名作だ。ある都市では、コンパートメントに人が押し込められて寝ており
彼らは夢の中の世界が現実世界だと思わされている。映画「マトリクス」を観た時に
この漫画のパクリだよなあ、と思ってしまった。この漫画では阿修羅王なぜか少女だ。
彼女がいろんな敵と会話する場面で、「神など現れる世界によって様々な姿で現れる」
「見えているものが本当に現実なのか自信があるか?」もうほとんど不可知論だ。

何だかこんな記事を書いているだけで頭が痛くなって来たが、VRには無限の可能性
がある。例えば、病室のベッドに寝たきりの少年がVRで草原を駆け巡る体験をする。
これから建てようとする家をVRで体験して貰い、住み心地を作る前に体験する。
これは昔幕張メッセの”VR展”で実際に行われたが、いまだに住宅メーカーのCMに
登場していない所を見ると不評のようだ。
どれだけVRが進歩してもVRはVRでしか無いのだろうが、私は凄く期待している。
それこそVRじゃないかと突っ込まれそうだけれども。



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ゲームはスマフォ [ゲーム]

最近TVを見ているとゲームのCMがやけに多い。それもスマートフォン用。
仲間と協力して進めるゲームが多い。ゲームのどこが面白いのか解らない人へ、
面白いです。騙されたと思ってやって見て下さい。時間が幾ら在っても足りません。

私はスマートフォンではやらない。PCのスマフォのエミュレータ上でやっている。
スマフォの小さい画面をタップしてゲームをする気になれない。
当然、タップする代わりにマウスでクリックするので不利なゲームもあるけれど。



基本的にはRPG系が好きなので、そういったゲームを3個位同時進行でやってる。
何故、複数かと言うとスタミナというしばりで連続して何時間もゲームが出来ない。
これを回避する方法はお金を使えばよい。お金をかければ幾らでも強くなれる。

私は課金した事はない。無課金でいかに強くなるかを考えるのが楽しい。

飽き易いので2ヶ月位夢中になると、そのゲームを辞めてしまう。
初めは無課金で十分楽しめるが、ある程度のレベルになると課金の誘惑に負けそう。
でも、それと同時にゲームを楽しんでいるのか作業をしているのか解らなくなる。

毎日新しいゲームを捜し、好みに合えば今までのめり込んでいたゲームを辞める。



スマフォのゲームを楽しんでいて感じるのは、短時間でも遊べる事。特に昼休み。
それほどゲームに時間をかけられない人達向けに考えられた戦略なのだろう。

時間をお金で買っている。だからゲームにも深みが無いので飽きるのも速い。

麻雀ゲームもあるがつまらない。やはり気の合った仲間で会話しながらしたい。

昼休み無言で見知らぬ人とスマフォでゲームしている人達を想像すると怖い。
休日朝から晩まで、ノートパソコンでゲームをしている自分も怖いけれど。


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豚面のとんぬら [ゲーム]

ブログのタイトルに使わせて頂いている”豚怒羅(とんぬら)”の由来です。

とんぬらって、多分”ドラゴンクエストⅡ”に出てきた名前です。
って、いい加減なので調べました。
”サマルトリアの王子の名前の候補の1つに「トンヌラ」という名前がある。”
カタカナだったんだ。そこまで知らなカッタカナ?地球温暖化阻止委員会員。

1985年の夏、田舎に帰ったら小学生の甥がファミコンで遊んでいた。
いくつかゲームを持っており、野球、シューティングなどのゲームを見せてくれた。
「このゲーム、ともだちからかりたんだけど、つまんねえんだよな。」
そのゲームを見せてくれた。確かに行動範囲が狭く、すぐ飽きてしまいそうだった。
RPGなんて、ほとんど知られていない時代。それが、後から思えばDQ2だった。



そもそも、”DQ2”を知ったのは、古谷三敏の漫画”レモンハート”という
お酒をテーマにした作品の中だった。
調べたらどちらも1985年に”発売”と”漫画アクションに連載開始”でした。

漫画を見て欲しくなったが、人気が出始め、手に入れにくかったと思う。
1985年の年末、あるデパートで売っているのを見てしまった。
多分これは神様のお導きかなと思っって買ったが、本体を持っていなかった。
次の日は元旦だった。今と違って、お店は3日までお休みだった気がする。
4日目かな?近くのディスカウントショップで本体を手に入れて、はまった。

この時代のゲーム機には、セーブ機能なんて無かった。”復活の呪文”である。
ゲーム中のメモリの数値を文字に変換しメモを取るが、文章にはならず呪文になる。
ゲームを再開する時は、このメモを見ながら正しく打ち込むと再開できる。
家内もはまった。(そういえば、この時既に結婚してたっけ。忘れてた。)
彼女は自分の書いた呪文が読めず、私に「この字なんて読むの?」と聞いて来た。
書いた本人が読めないのに何で私に嫁ますか?悪筆な嫁はすぐ悪妻になった。
彼女は復活できず、この世をさまよう事になった。(普段でもそんなんです。)

それ以来、ファミコンにあきたらず、セガサターン、プレステ、ドリキャスはパス
3DO、PCにまで範囲が広がってしまった。



”3DO”ご存知ですか?おでんのマーク。”トータルエクリプス”凄かった。
”バーチャルホラー 〜呪われた館〜”
3次元のRPGを始めて体験し、吐きそうになりながらやってました。

”ウィザードリー”ご存知ですか?
方眼紙にマップを書いて行く。その階を征服し、改めて見た時のマップの美しさ!
やっと、ラスボスのワードナーの事務所に到着したが、扉に札がかかってる。
”営業時間はAM9時からPM3時”、”出直して来て下さい。”

”ディアブロ”ご存知ですか?初めてのオンラインゲームだったと思う。
”ウルティマ”ご存知ですか?初めてのMMOだったと思う。
切りが無いのでもう止めますが、あれ?なんの話でしたっけ?

オンラインゲームのIDは何時も”とんぬら”。全角駄目な時は”tonnura”でした。
数十年前から、”そのIDはすでに使われています”が出るようになった。
悔しい、商標登録しておけば良かった。(お前にその権利は無い!)

仕方がないので漢字で当て字を考えた。
”とん”は自分のイメージから一番遠い豚にした。(さらっと流してください。)
”ぬ”は”君よ憤怒の河を渉れ”という映画から(佐藤純彌監督、ごめんなさい。)
”ら”は”羅生門”から。”修羅場”からではない。(何度か味わいましたけど。)
こう書いて観ると、文芸の香り漂う良い名前だなと思う。(私だけだろうけど。)
堂々たる、”豚怒羅”の完成である。英知の結晶と言っても過言ではない。

読み返して見て、別の名前を考えた方が良さそうに思えて来たところでお終い。


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