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駄菓子だが、しかしあなどれない [料理]

「それにつけてもおやつはカール」でお馴染みの「カール」が5月末の発売中止の発表以来、東京都内のスーパーではあっという間に売り切れだとか、こうなれば1年おきくらいに東日本、西日本と交互に限定販売すれば儲かるし、いっその事北海道や九州も巻き込んで、地域限定で販売すればもっと儲かるのでは?という意見が新聞にあった。「カール」だけでなく同社の「ピックアップ」も8月で生産終了らしく、こちらの方がショックだという声もけっこうあるそうだ。コーン系のお菓子はポテト系よりも製造原価が高く、今後も苦戦が予想されるとの事。今はスマフォ時代なので「手が汚れるお菓子」や「コンビニで見かけないお菓子」も大ピンチ、サイズも「食べきりサイズ」が好まれ「大袋の菓子」は敬遠される傾向にあるらしいのだが、世の中には「大袋の菓子」も「食べきりサイズ」にしてしまう、恐ろしい人が沢山おいでになる。


さて「カール」だが、勿論、駄菓子ではない。駄菓子の定義だが「値段が安い事」だけでは何だか物足りない。私は「大人は見向きもしないが、子供に大人気なお菓子」だと思うのだが、そんなお菓子が好きな大人はいまだに童心を持つ人だ。私も孫が遊びに来れば、近くに「二木の菓子」があるので連れて行き、駄菓子コーナーで一緒に買い物を楽しむ。何時も思うのだが駄菓子の「駄」は不要ではないだろうか?「駄」には”値うちのないもの、つまらないもの、粗悪なものなどの意”があるのだが、下手な上菓子などより余程コストパフォーマンスが高い。高くて美味しいのは当たり前、安くて結構いけるのが駄菓子の特徴で、小菓子のような表現に変えて貰いたいのだが、駄菓子自身(?)はそんな小さな事に拘っていまい。昔、幼稚園の娘が買って来た「ブタメン」を一口貰って、あまりの美味しさに全部食べてしまって泣かれてしまった事があった。私が好きな駄菓子は「ブタメン」「ベビースターラーメン」「よっちゃんのす漬けイカ」「のしいか」「ビッグカツ」「都こんぶ」「うまい棒」等々、全部お酒のおつまみになるし、全部買っても数百円で済むのも嬉しい。私は何時も「うまい棒」を「うまか棒」と言ってしまい娘に笑われるのだが、「うまか棒」は明治のアイスキャンディー。


我が家の近くにいまだに駄菓子屋があり、男性声優の山寺宏一似のパンチパーマにサングラスをかけたおばあちゃん(失礼)が経営している。娘や息子が子供の頃から通っていたお店で、見かけは怖そうなのだが子供達は「優しいよ」と言う。お店の少し離れた所がゴミ収集所になっていて、商売の為もあるのだろうが掃除して下さっているのを良く見かける。駄菓子だけでは経営が苦しいらしく、狭い店の一角に「もんじゃ焼き」が食べられるようにしてあるらしい(私は店内に入った事が無い)。子供達に聞いたら「美味しいよ。お母さんもそう言ってた」と聞かされ、家内まで食べていた事に驚いた。新聞にほそぼそと駄菓子屋を経営している女性の話が載っていた。店を始めて39年で、最近は小学校の終業時刻に合わせ午後1時から午後6時まで店を開く。儲けはほとんど無いそうだが、「子供たちの笑顔が見られるだけで十分。ぼけ防止にもなります」。NHKの「家族に乾杯!」などを見ていても、日本には駄菓子屋がまだまだある事に安心する。駄菓子屋は「子供の小さな社交場」で、「あいさつしないと店に入れない」など店それぞれにルールがあるとか。親が守るべきルールは店の外で待ち、買う物は子供に任せる事だという。学校や家庭で教えられない社交性を学べる場所でもあるし、日本独特の文化でもあるので、駄菓子屋の良さをもっと見直すべきではあるまいか?「二木の菓子 孫よりはしゃぐ 爺と婆」


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