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虐待と体罰の違いって解ります? [教育・生活]

新聞投書に”親は「虐待」先生は「体罰」なぜ?”と13歳女子中学生が疑問を投げかけていた。”なぜ、親が子供に暴力をふるうと「虐待」で、学校の先生が生徒に暴力をふるうと「体罰」になるのですか?仙台市で4月に、いじめを訴えていた中学2年の男子生徒が、二人の先生から口に粘着テープを貼られていたというニュースを見て疑問に思いました。同じ暴力なのに、親と先生で言い方が変わるということは、そこに何か違いがあるのですか?子供からすると、どちらも虐待だと感じます。言い方を変えることで、先生方は暴力を正当化しているのではないかと思ってしまいます。私は、この中2の男子生徒を自殺に追い込んだ二人の先生がしたことは、体罰ではなく虐待だと思うのです。誰かこの違いを教えて下さい。”。この二人の先生だが、一人は50代の女性、もう一人は50代の男性、多分だが、男子生徒が授業中に騒いだので粘着テープを貼ったのは女性教諭で、授業の終りの挨拶で寝ていた生徒の頭を拳骨で殴った教師が男性教諭だと思われる。殴られた翌日に自殺したのだが、遺族が学校側に訴えるまで表面化していなかった。私が彼女に答えるとすれば”二人の先生のやった事は「体罰」ではなく「虐待」です。愛情の無い「体罰」は親であろうと先生であろうと「虐待」です。「体罰」には愛情があります。貴方や貴方の友達が親や先生から体に痛みを受けた時に、どちらなのかは貴方が決めて下さい。もう中学生なのですから。”ちょっと厳しいかな?


虐待をする者や体罰をふるう者は、安全な側に自分の身を置いており反撃を受ける事など考えもしないのだろう。そして「体罰」の名を借りた「虐待」は「自分は正しい」と思っているので暴力を正当化しており、厄介きわまりない。私は虐待は受けた事は無いが、体罰は親であれ先生であれ、子供の頃に受けた記憶がある。そして何故体罰を受けなければならないのか?も解っていた。クラスメートが先生から理不尽な体罰、つまり虐待を受けているのを目撃した事もある。中学の時、英語教諭が宿題を忘れた生徒に激怒し、感情的になって自分の手を痛めないように、差し棒で生徒の頬を殴ったのだ。「こんな奴、教師じゃない!」と心底軽蔑した。子供を暴力で押さえこんでいる親も近所にいたけれど、子供が大きくなったら仕返しされるだろうな、と思った。暴力の力など、たかが知れているし、もっと大きな暴力には敵わないのだから。


虐待という言葉では収まりきらないのが、親が我が子を殺す事件。まだ全貌が解明されていないけれど、福岡で起きた現職警察官の母子3人殺害事件。「子供はお前の所有物じゃない!成人するまで預かっているだけだ!」と叫びたくなる。こういう、大人の格好をした子供が警察官なのもがっかりしてしまうが、私が不思議で不愉快だったのは、県警の久田警務部長と近藤首席監察官以下大勢の職員が記者会見で約3分半にわたって頭を下げ続けた事だ。謝罪の意味は「まさか、警察官が犯罪を犯すとは思わなかった、という予断による初動での捜査の遅れ」と「部下の警察官が起こした不祥事に対する警察組織としてのお詫び」だと思うのだが、私はこういった日本の連帯責任的な謝罪が大嫌いで「職場の組織や教育が悪いから起きた犯罪なのか?」と聞きたくもなる。「とにかく謝っておこう」的な対応が見え見えで、相変わらずこういった謝罪記者会見をしないと許さない風潮のある日本にもうんざりだ。前川喜平・前文部科学次官の例を出すまでも無く、職業を離れて、プライベートな時間に何をしようが許されるべきであろう。勿論、法を犯してはならないのは言うまでもないが、少なくとも彼は警察官の立場を利用して犯罪を犯したのでは無いのだから、職業と犯罪を別けて考えるべきではなかろうか?「日本は 何時までたっても 村社会」


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