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「2分の1成人式」止めませんか? [教育・生活]

新聞を読んでいたら「2分の1成人式 学校に浸透」という記事が目に留まったが、私には聞き慣れない言葉だ。私の子供達の小学校時代など、もう20年近く経つので、今の小学生が学校でどんな行事をしているのかなど見当もつかない。我が子の小学校時代とさほど変わりあるまいと思っていたのだが、どうも最近の小学校の行事は昔と違って来ているようだ。その典型の一つが「2分の1成人式」で、10歳になった事を祝うのだが、この行事が定着しつつあると言う。10歳ならば小学校4年生が対象で、成人式と同じ1月などの3学期に行われる事が多い。この行事で行うイベントだが「1.親への感謝の気持ちを読み上げる」「2.将来の夢や10歳の決意の発表」「3.親から子にメッセージを送る」「4.子供たちの合唱」「5.2分の1成人証書の授与」を両親と共に行う。私はこんな行事が小学校で定着しつつある事に違和感を感じた。「無理やり親子を感動させようとするお節介な行事で、何だか結婚式で花嫁が両親に感謝する手紙を読み上げる、臭い演出に似ているなあ」と感じたからである。そして、2や4や5は良いとしても、1と3は様々な問題を含んでいる。親子の関係が問われているからだ。


私立ならまだしも、公立ならば様々な境遇の子供がおり、必ずしも幸福な家庭環境にある子供とは限らない。記事にもあったが、ある小学5年生の女の子は”親は離婚し、一緒に暮らす父親は子供に無関心。そんな状態の子が親への感謝の作文を書くように言われたのだが「嘘をつくのは嫌だ」と感じた。それでも周囲の目を気にして自分を殺して書いたが、読んだ担任は「感謝の気持ちが足りない」と、2度書き直しを指導された。親から子供への文章も必要だったが、父親は書いてくれず、祖父に頼んだ。女の子は「何の感謝もしていないし、つらいことの方が多かった。みんなが幸せな家族じゃないのに」とこの行事を思い出して泣いたという”。そして、ある先生は”こういう子供がいる事を配慮して保護者を呼ばず、子供が将来の夢などを考える授業に変えたら、保護者から「上の子供の時はやったのに、どうして今年はないのか」「楽しみにしていたのに」などの苦情が寄せられたが、子供からの文句はなかった。親を喜ばせるイベントで苦しむ子供がいるくらいなら、やめてしまった方がいい”と語っているが、同感だ。苦情を言った保護者も、少し考えればイベントを止めた理由が解りそうなものだが、その前に学校側がこんなイベントをやれば苦しむ子供がいる事に気付き、最初からやるべきではなかったと思うのだが、逆に浸透しているというので理解に苦しむ。


数日前は「母の日」だったのだが、ある先生は「今年からお母さんへの感謝を作文にする授業は止めました」と母親のいない女の子の祖母に言ったら、泣いて感謝されたそうだ。今時、虐待を受けている子、親のいない子、離婚・再婚した子などは珍しくない。まして公立だったら、忙しくて学校の行事に参加できない親もいるだろう。そんな子供にとって「入学式」「卒業式」「授業参観」「発表会」「運動会」等の行事は、辛い思い出しか残らないのではなかろうか?そこに「2分の1成人式」の行事まで加えるのは酷というものだろう。言うまでもなく小学校は親の為にあるのではなく、子供が立派に成長する為にある。「親はなくとも子は育つ」という諺があるが、”親がいなくても、子供は、まわりのいずれかの人の、あたたかな心づかいと、 自分自身の力で、どうにか育っていくものだということ”の意味であって、逆に言えば”親がいない子は、まわりのあたたかな心づかいがなければ育たない”のだ。そういう意味でも「2分の1成人式」に私は腹が立つ。
「親なんか 学校に来なくても 子は育つ」


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コメント 3

ぽちの輔

同感です。
by ぽちの輔 (2017-05-19 06:47) 

majyo

この件も文科省あたりからお達しがあるのかもしれませんね

by majyo (2017-05-19 08:43) 

tonnura0919

和菓子屋、和楽器屋で無理やり郷土愛をあおり、家族愛さえも押し付けようとする文科省、「道徳を 語る奴ほど 不道徳」(ネットから借用)
by tonnura0919 (2017-05-19 14:57) 

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