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高級たまごを爆買いしていた 今村前復興相 [料理]

ネットの日刊ゲンダイディジタルの記事から引用させて頂く。”本紙は、今村氏が代表を務める資金管理団体「鉄輪21・政策研究会」の1件1万円以下の支出に関わる「少額領収書の写し」(2015年分)を入手。中身を精査すると、とにかく「高級たまご」を爆買いしていた。15年8月28日付の領収書には、東京・赤坂の「赤坂うまや うちのたまご直売所」は名物「たまごかけごはん」など、食事が楽しめる飲食店で、別途、パック入りの生たまごも購入できる。1パック6個入りで420円と少々値が張るのは、産卵した親鶏が福岡県飯塚市にあるストレスのない環境を整えた養鶏場で飼育されているからだ。「すごく濃厚で、スーパーのたまごとは全然違う」(常連客)という。「鉄輪21」はそんな「高級たまご」の代金に、1年間で計103パック、総額4万3260円支出。実に618個も爆買いしていた。なぜ政治資金で買ったのか。今村事務所に問い合わせると、「政治資金は法令に従い適正に処理し、その収支を報告しているところです」と文書で返答するのみ。”全部自分で食べてしまったならば、呆れるほどの「たまごかけご飯」好きなのだろうが、そうではあるまい。支援者への手土産などに使われたと思うのだが、今回の失言で支援者からその卵を投げつけられるのではあるまいか?


新聞の一面広告に”『一時間並んででも食べたい』昔懐かしい昭和の味が評判「専門店の卵かけ御飯」ふるさと鳥取県八頭郡 大江ノ里自然牧場・ココガーデン 一日限定30食が一瞬にして完売する幻のたまごかけご飯セット。有機栽培こしひかりの白米の上に、平飼い鶏の産みたて天美卵を乗せて、専用醤油をとろり..。口に入れると至福な味わいが人気の一品。”とあった。卵かけご飯と具沢山のお味噌汁とお新香が付いているセット写真が載っていたのだが肝心の値段が書かれていなかった。広告の端に”天美卵お試しセット、Mサイズ10個x1パック、初回限定税込み1080円で送料432円、2セット以上送料無料、先着500セット限定”とある。今村前復興相の高級たまごなどより余程値段が高い。私はひねくれているので「一時間並ぶ?昭和の味?何故一日30食限定?幻?専用醤油を何故売らない?限定が多いなあ、送料が微妙」と頭の中が「?」で一杯になってしまった。私はこういう商売の仕方が大嫌いである。


TVを観ていたら「たまご醤油だれ納豆」のCMがあった。値段は3個x1パック90円位。ネットでこの納豆を絶賛している記事があったのだが、写真を見ると納豆を掻き混ぜる前に、タレを納豆にかけている。こういうのを見ると「馬鹿タレ!」と言いたくなってしまうのが私の悪いところなのだが、まず納豆を良く掻き混ぜてからタレを入れ、また掻き混ぜてから、最後にからしを入れてまた掻き混ぜて欲しい。「こんな食べ方をする人が絶賛している納豆か」と思ってしまう。そもそも、普通のスーパーで卵は10個x1パック130円、納豆は3個x1パック80円位だろうか?なので40円ちょっとで立派な(?)卵溶き納豆が食べられるのだから。柳家小三治のマクラに「たまごかけご飯」というのがあって「絶対に最初からたまごを掻き混ぜて食べてはいけない」のだそうだ。「白身を味わい、黄身を味わい、それに飽きたら混ぜて食べるのが正しい味わい方」というような内容だったと思う。勿論、人それぞれに食べ方があって良いのだが、騙されたと思って一度は正式な(?)食べ方をしてみるべきだろう。
「生たまご 醤油の雲にきみの月」(江戸の川柳)

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「東北でよかった」も使い方次第でプラスになる [社会]

今村前復興相の「東北でよかった」失言を逆手に取り、この言葉を前向きなメッセージとしてツイッター等で東北の良いところを発信する動きが拡散している。東北6県の一つである福島県出身の私としては嬉しい限りである。東北人の逆境を跳ね返す気質がそうさせるのではあるまいか?私は東北地方の6県とは北から、青森、秋田、岩手、山形、宮城、福島である事は知っているが、これが関東地方なら何とか言えるが、中部地方は少し怪しい、関西地方はちょっと自信が無い、中国地方はほとんど駄目、四国地方は何時もあと一県が出てこない、九州・沖縄地方に至っては合わせて10県あるのかな?程度である。ちなみに九州は7県しかなく、道理でいくら考えてもあと2県が浮かばない訳だ。つまり、南に行けば行くほど何県がどこにあるのか私には解らない。逆に九州地方の方で東北地方の6県を正確に言える人は少ないのではなかろうか?(自分の無学を棚に上げています)。小学生の頃に白地図で日本の県を嫌という程、色分けさせられたのに覚えていない。どうせ地図を見れば解る事だから覚える必要が無い、と考えていたのが今になって仇になっている。仕事でいろんな人に会ったけれど、出身地を言われて相手には「ああ、あそこですか?良い所ですね」などと言っては見たものの、本当は日本のどの辺りにあるのか良く理解出来ていない場合が多かった。日本地図でもこうなのだから、私の頭の中の世界地図はもっと酷い。なので、時々赤っ恥をかいている。


さて「東北でよかった」だが、東北に限らず皆自分の生まれた県や地方が一番なのだろう。今までにも2011年の東北大震災、同じ年に長野県北部地震(栄村大震災)、2014年に広島市土砂災害、2016年に熊本地震が起きている。過去にさかのぼれば、日本中のどの県でも何らかの災害が発生している。それでも、生まれ育った土地が一番良いのだろう。故郷が有るという事は有り難い事だなあ、とつくづく思う。ましてや両親や兄弟、親戚、知人などが健在ならばもっと嬉しい。私も田舎には兄や姉が健在で暮らしており、助けて貰ってばかりで感謝している。田舎に帰ると人だけでなく、風景、食べ物、言葉にほっとしている自分に気が付くけれど、我が家に帰って来たような感覚に似ている。本当に「東北でよかった」である。


「白河以北一山百文」という表現を御存じだろうか?私も子供の頃に聞いた記憶があるが、記事を書く為にネットで調べていたら思い出した言葉である。「白河の関所より北の土地は、一山で百文にしかならない荒れ地ばかり」という侮蔑表現なのだが、戊辰戦争以来、新政府軍を率いる薩長土肥側が東北地方をいやしめて用いたのだという。白河は福島県と栃木県の県境にある市なので、関東以北は価値がない土地という酷い表現なのだ。福島県会津若松市にいる、坊主で歴史にも詳しい義兄が、いまだに薩長を嫌っているのかが良く解る。私など地理も歴史も覚える気などさらさら無かったので、義兄の怒りが今一つピンと来ないのだが、薩摩揚げを見るのも嫌だと言っていた。やはり、会津戦争で薩摩藩・土佐藩を中心とする明治新政府軍にやられた方は、親からも聞かされて何時までも覚えているのだ。そんな暗い歴史も耐え忍んで来た東北だからこそ「東北でよかった」という郷土愛の強い方が大勢おいでなのだろう。それが解っただけでも、今村前復興相の失言は役に立ったのかも知れない。勿論、皮肉。
「災(わざわ)いも 福に転じる 東北人」


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報道自由度調査で日本は72位 息苦しい訳だ [政治]

ネットの”HUFFPOS(朝日新聞提供)”から引用させて頂く。
”自民党の二階俊博幹事長は26日、東京都内での講演で、東日本大震災をめぐる失言で辞任した今村雅弘・前復興相を念頭に「人の頭をたたいて、血を出したっていう話じゃない。言葉の誤解があった場合、いちいち首を取るまで張り切っていかなくてもいいんじゃないか」と語った。自らの派閥に所属する今村氏の発言を、擁護したとも受け取られかねない発言だ。東日本大震災をめぐり「東北で良かった」などとした今村氏の発言は25日夜、報道陣が入った二階派のパーティーで出た。二階氏は「政治家の話をマスコミが余すところなく記録をとって、一行悪いところがあったら『すぐ首を取れ』と。何ちゅうことか。それの方(マスコミ)の首、取った方がいいぐらい。そんな人は初めから排除して、入れないようにしなきゃダメ」と述べ、報道陣の取り上げ方の問題だとの見方を示した。”とある。つまり、マスコミへの批判と、マスコミなど入れるからこういう事になってしまった、という発言である。マスコミは正確に情報を伝えたに過ぎないのに、まるでマスコミが悪者のような本末転倒の物言いに呆れてしまう。こういう発言をしているから、日本の報道自由度が72位に甘んじているのだと思う。最近、特に息苦しさを感じているのは私だけだろうか?


同じくネットの”朝日新聞ディジタル”から引用させて頂く。
”国際ジャーナリスト団体「国境なき記者団」(本部パリ)は26日、各国の報道の自由度に関する2017年の調査結果を発表した。日本は180国のうち72位と前年から順位が変わらなかった。調査は日本について「記者クラブ制度により、フリーや外国のメディアが冷遇されている」と分析している。日本は10位台に位置していたこともあったが、11年の東京電力福島第1原発事故をめぐる情報開示が問題視されて以降は下落傾向にある。調査は、安倍政権下で成立した特定秘密保護法などを機に報道に対する抑圧がさらに強まったと批判。大手メディアが政権の意向に配慮して「自主規制」を続けていると指摘した。”ちなみに米国41位、中国176位、北朝鮮179位である。2010年には11位だったのが、14年59位、15年61位だった。「共謀罪法案」が成立すれば、中国や北朝鮮よりも低い順位になるのではないか?と心配だ。


少し前の新聞投書に「共謀罪という国民にとって重要な法案の国会審議を、NHKはなぜ中継しないのか?」があった。投書した人はNHKに電話で問い合わせたのだが、納得の行く回答は得られなかったと言う。NHKはインターネットで中継していると言うかも知れないが、お年寄りにはハードルも高く、アクセスが集中すると画面が乱れ音声だけになってしまう。ネットで流している中継をサブチャンネルで流すだけで良いのに、何故やらないのか不思議で仕方がない。NHKだけではなく、朝8時頃の民放番組を観ると、示し合わせたかのようにどのチャンネルも同じニュースを取り上げている事が多く、それも芸能関係のニュースだと、私など「もっと優先順位が高いニュースがあるだろうに」と思ってしまう。まるで、民放同士が自主規制をしているかのようにも映る。しょせんTVなどその程度のメディアなのかも知れないので、新聞やネットを疑いつつ読むしかないのだろうか?「マスコミが 政府に繰(く)られて マスゴミに」


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今村復興相に限らず、政治家の失言は本音である  [政治]

今村雅弘復興相が25日夜、所属する自民党二階派のパーティーで講演し、東日本大震災について「これは、まだ東北で、あっちの方だったから良かった。もっと首都圏に近かったりすると、莫大な甚大な被害があったと思う」と述べ、直後に撤回したが同日夜、辞任する意向を固めた。すぐに自分の発言を撤回したが、何故自分の発言が問題になったのか?どうして失言なのか?が彼は心底では理解出来ていないと思う。震災を数字的に見ているだけで、被災者の立場から考えていないからこういう本音が飛び出して来てしまうのだろう。確かに震災が関東それも東京で起きたならば、東北に較べて被害は莫大な甚大な被害だった事は当たり前で、貴方に指摘されなくとも国民なら誰でも解かっている。しかし、一人の災害死亡者はどの場所で亡くなられても悲しみに変わりは無い。ビートたけしの名言に「災害で一万人の方が亡くなられましたではなくて、災害で亡くなられた事件が一万件ありました」であり、亡くなられた方はそれぞれに悲しみが違うのだから、軽率に「一万人が震災で死んだ」などという表現は遺族に対して随分失礼な話しで、ニュース等では便宜上そう言っているだけであり、聞いている国民は震災で亡くなられた方に対して、そういう敬意を払うべきだと考える。私は福島県出身なので、尚更その思いが強い。


私は今村復興相の失言を聞いて、思わず言葉を失ってしまったが、こういう場合は失言とは言わず、絶句と言うのだろう。彼は失言とは思っておらず、日頃考えている事がついうっかり出てしまった、いわば本音であり、政治家の失言とは本音と同義語である。念の為に失言とは何か?を調べたら「言うべきではないこと、まちがったことなどをうっかり言ってしまうこと」で、彼の発言はまちがったことではないが、言うべきことではあるまいし、復興相の立場なのだから辞任は当たり前で、江戸時代ならば切腹を申し付けられても文句は言えないのではないのかな、とさえ思ってしまうほど、死んでお詫びに匹敵する位の失言である。もっとも彼の死など何の意味も無いし、早々と本音が聞けて辞任して頂いたので、国民にとっては願っても無い有り難い話しではある。東日本大震災に関して少し古くなるが、2013年に高市早苗自民党政調会長が「事故を起こした東京電力福島第一原発を含めて、事故によって死亡者が出ている状況ではない。安全性を最大限確保しながら活用するしかない」 「原発は廃炉まで考えると莫大なお金がかかるが、稼働している間のコストは比較的安い」と発言しているが、この時の廃炉の予算は11兆円だった。その前の2011年では6兆円だったのだ。ところが2016年末には21.5兆円になっている。処理方法もまだ決まっていないのに予算など決まる筈もなく、益々増え続ける一方だろう。この現実を彼女は今どう考えているのか?訊いてみたいものだ。


それにしても、最近の自民党議員の不倫、失言、金銭トラブルが多すぎる。安倍政権が長期安定一強の為に、議員にも緊張感が無くなっているのではないのかな?と感じる。特に「2回生議員」が酷い。武藤貴也議員は未公開株をめぐる金銭トラブルで離党、宮崎謙介前議員は妻が妊娠中に不倫で議員辞職、務台俊介議員はおんぶ視察と長靴問題で政務官辞任、中川俊直議員は不倫報道で政務官辞任している。少なくとも国民の投票で選ばれた国会議員なのだから、それなりの自覚を持ってしかるべきだと思うのだが、情け無い事件の連続で、それこそ国が進めようとしている「教育勅語」と「道徳」で「2回生議員」を幼稚園から再教育してはどうだろうか?まさか、今までの国の教育方針が間違っていたと国民に知らせる為の政府の罠ではあるまいな?「原発が 安全と言うなら 東京に」


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いつも心に鉄板ネタを [お笑い]

TV東京の「YOUは何しに日本へ」で、二人連れの外国人女性にインタビューしたら、友人同士で片方の女性が「彼女のジョークには何時も大笑いさせられる」と答えたので、インタビュアーが「何かジョークを聞かせて頂けませんか?」と言うと、「私はもう30歳過ぎているので、結婚したくて出会い系サイトで男性を捜していたら、パパがいた」と即座にジョークを披露してくれて、連れの女性は笑い崩れていた。「私の鉄板ネタなの」とも付け加えた。こういう友人と一緒なら日本の観光旅行も楽しいものになるだろう。こういうちょっとしたジョークを言うのが日本人は苦手なのではあるまいか?明石屋さんまほど上手でなくても、ちょっとした笑いは対人関係には大切だと思うので、何時でもその場に応じたジョークを2、3は用意しておきたいものだ。鉄板ネタとは必ず受けるジョークを言うのだが、これがなかなか難しい。三谷幸喜の鉄板ネタは「外国の映画祭などで英語でスピーチをしなければならない場合があるが、英語で『この会場で私のスピーチの内容を理解出来ていないのは私だけです』」


私の鉄板ネタは、新聞や本などから得た物が多く、自分で考えた物は毒が強すぎて、笑わせるどころか、怒らせかねないのでほとんど使えない。借り物のネタで恐縮だが会社関係なら「この前ある会社を始めて訪問した時に、応対してくれた社員の方に『この会社で働いている方はどれぐらいおいでなのですか?』と訊いたら、暫く考えて『せいぜい3割ぐらいですかね』と答えたので、傍にいた社長の顔が曇った」。「会社に電話がかかって来て『社長はいるかね』と言うので『社長はいないって言ってます』」。「出勤したら社長が昨日床屋に行って頭がスッキリしていたので、新人が丁寧言葉を使ったつもりで『あたまいかれたんですか?』」は結構有名なネタだと思う。


知り合いの社長が「我が社の社訓は、技術の不足は話術でカバー」で、現実にそうだった。この社長はある技術会で表彰され、名誉会員の称号と盾を貰ったのだが、奥さんにノーベル賞と同じ位の価値があると自慢したら「それじゃあ、お金は幾ら貰えるの?」と言われたそうだ。私はバドミントンをしているのだが、女性とペアを組む場合もある。ある時、自分の打ったシャトルが前衛を守っている女性の体に当たってしまったので「ごめんなさい。だいぶ腫れちゃいましたね~」と言ったら、ムッとしていた。相手ペアの女性が打ったシャトルがアウトなので見送ったら「触ってよ~」と言うので「もっと、若ければねえ」と返したのだが、どちらも女性には毒が有り過ぎたと反省している。これでは女性に鉄板で頭を殴られても文句は言えまい。反省ついでに自虐ネタで謝罪する「冗談は 顔と体型で 沢山だ」


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PTAと どこか似ている 町内会 [教育・生活]

私のアルバイト先に小学4年生の男の子を持つバツイチの女性が社長に「これから学校の行事で早退、遅出になる事があります」と話していた。今年、学校の役員を引き受けたのだという。「高学年で引き受けると益々大変なので、今年役員をやってしまう事にした」と言っていた。彼女はご両親と同居の実家から通っているので、少しは子育ての苦労も軽減されているのかな?とも思うけれど、毎日必死で働かなければならないプログラマーである。こういう話を聞くとPTAの役員は「専業主婦に代わって貰えないものだろうか?」「お金で役員の数を減らしたり、それなりの報酬を出したらどうだろうか?」と思ってしまう。私の家内は子供が小学生だった時にPTAの役員にはならなかったが、学校の奉仕活動には良く行っていた。その奉仕活動だが「校庭の草むしり」「登校時に横断歩道に立つ」が今でも印象に残っている。家内と口論したからだ。「草むしりなんか業者に任せれば良いじゃないか」「横断歩道も警備会社に頼めば良いし、勤めている女性には無理だ」と言ったのだが、「PTAの総会で貴方が言えば良いじゃない!」と逆切れされてしまった。家内は専業主婦だったので、勤めている女性の苦労をさほど理解出来ていないのでは?と思ってしまった。私は今でも「お金で解決出来るならば、ボランティアに頼らずにそうすべきだ」と頑固に考えている。


バドミントン仲間の女性の話しだったと思うのだが、子供が小学生の時に写真係を任されたのだと言う。運動会、遠足等で一緒について行き写真を撮る係りなのだがプロには任せられなかったと話してくれた。何故ならば、卒業アルバム等を製作した時に写真に写っている子供が平等でなければならないからだそうだ。なので、全員が均等に写っているように撮影しチェックする苦労が大変だったとぼやいていた。この話しを聞いて呆れてしまったが、そういうクレームをつけてくる親がいたのだろう。日本のPTAの役員の苦労が良く解るエピソードだと思うのだが、悪い意味で日本的だなあと感心してしまった。近年、PTAの在り方が問題になっている。本来、入退会は自由の筈なのだが入会しない勇気を持っている親は少ない。そもそも「入会は任意です」の説明をしていない場合が多いのではあるまいか?以前の新聞に”PTAの入会は任意と聞き退会した。ところが卒業式で配られた記念品が我が子には無かったので、学校に抗議した。”という内容の事件があった。記念品以外でもPTAに入会していない子供が嫌な目に遭っているケースが多い。PTAに入っていても、役員をやらない人を「ずるい」と考えている人が大勢おいでなのだから、入会しないなど論外なのだろう。朝日新聞の2015年5月の「PTAは必要か?」のアンケートに「絶対必要」「必要」「あっても良い」が968人中360人なので、およそ6割以上が「不要」と考えている。


私は「町内会」に入っていて班ごとにゴミ収集所があり、掃除も当番制だ。私の班の区画には20軒程の一軒家があるのだが、入会しているのは8軒だ。入会していない人はゴミ収集所にゴミを出してはいけないという規則は無いが、そういう規則がある町内会もあり、問題になっている。「ずるい」と考えてしまうから角が立ち、「まあ、いいか」なら円滑に生活出来るのだが、そういう境地になるのがなかなか難しい人が多い。PTAも町内会も時代と共に変わって行くのだろう。本来はお互いに助け合う為の組織だった筈なのだが、今は逆に軋轢を生んでいるのが何とも皮肉ではある。PTAとは本来、学校と親が協力して、子供の為に出来る事があれば行う筈だったのだが、今は慣例の年中行事をこなす為に、大きく成り過ぎた組織を必死に守っているように見えてしまう。「PTA 先生生徒は そっちのけ」


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御飯のおかずに合わない料理とは? [料理]

ネットで記事を読んでいたら”三大御飯に合わない料理「餃子」「刺身」「クリームシチュー」”というツイートがあったので、読んで見ると案の定賛否両論だった。人の好みなので、生まれ育った環境で意見が食い違って当然で、万人が納得する御飯に合わない料理など見つからないのではあるまいか?強いて言うならば「不味い料理」かもしれないが、これは御飯に限らず、どんな主食にも合わないので誰も賛同してくれまい。さて「餃子」だが、餃子定食があるお店は珍しくも何ともないので、御飯のおかずとして何の違和感もないのだが、おかずが「餃子」だけというのは寂しい。私もお店で頼むと貧乏人だと思われるのが嫌なので、貧乏人だが頼まない。昔、「寺内貫太郎一家」というドラマの中で、西城秀樹のおぼっちゃまぶりに左とん平が切れて「お前なんか、ポケットの10円玉を数えて餃子定食を喰った事があんのかよ!」というセリフを思い出す。これが「チャーハンと餃子」ならば胸を張って(?)注文出来るので、やはり餃子定食は貧乏くさいので可哀想だが(?)御飯のおかずには不向きだ、と無理やり決め付けてしまう事にする。


次の「刺身」だが、お店で刺身定食や海鮮丼も珍しくない。海鮮丼は酢飯のお店も御飯のお店もあるのだが、刺身定食は御飯しかない。私は「刺身」が御飯に合わないとは思わないが、もったいない(?)と思うので、やはり御飯のおかずには不向きだと思う。何故、もったいないか?と言うと、御飯と一緒に食べるよりお酒を飲みながら食べた方が格段に刺身が美味しいからで、刺身の身になって考えて貰えば良く解る(?)と思うのだが、どうせ食べられるなら御飯よりお酒と一緒に食べて頂きたい、と考えている筈である(この辺り東海林さだおを意識して書いています)。困った事(?)にバイト先の社長と昼食事に行くと、刺身定食を頼む事が多い。社長は三重県の海の近くで育ったので、刺身など子供の頃から食べ慣れているのだろう。私は福島県の盆地で育ったので、刺身は冷凍が当たり前で値段も高く滅多に食卓になど出てこなかった。食べられるのはお祝いの席とか法事に限られていたので、そんな育ちも「刺身」の食べ方に影響しているのだろう。


さて「クリームシチュー」だが、どうせ食べるならパンとワインだと思う。「カレーライス」でも「御飯」は要らない、は成り立たないけれど「カレー」ならパンとワインでも結構美味しいと思う(良い子は真似をしないでね)。私が「御飯」と合わないなあ、と思うのは「おでん」で「おでん」なら「茶飯(ちゃめし)」と江戸時代から決まっている、「日常茶飯事」(さはんじ、と読まないと恥をかきます)と言う位だから、と偉そうに言ってしまったが「茶飯」を食べた記憶が無い。この「茶飯」のレシピは「塩味を加え、茶の煎(せん)じ汁で炊く、奈良茶飯」「炊き上がった飯に細かく刻んだ煎茶をまぜ入れる」「醤油・酒などを入れて炊いく、さくらめし」があるそうだ。やはり「おでん」には御飯ではなくて日本酒が一番合うし、子供達が「おでん」で御飯を食べるのを見ながらだと更に美味しい。関西では「お好み焼き」「たこ焼き」をおかずにして御飯を食べるのが当たり前なのだが、炭水化物と炭水化物の組み合わせは私にはきついし、遠い異国の食べ方の話しである。やっぱり「お好み焼き」「たこ焼き」には御飯よりビールが合うと思う。何だか御飯に合わないおかずの話ではなく、おかずにはどんなアルコールが合うのか?という話しになってしまったが、私にはおかずに合わないアルコールなど無い。「直せません 三度のメシより 酒が好き」


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時代劇は永遠に不滅です [TV]

国民的テレビ時代劇「水戸黄門」が今秋、BSTBSで武田鉄矢を主演に迎えて6年ぶりに復活するという。他のキャストは未定だとか。朝日新聞の土曜判には「be」という別刷りが入っており、その中に「between 読者とつくる」というアンケート欄がある。今回のアンケートは「時代劇は好きですか?」だったのだが、「はい61%」「いいえ39%」だった。昔、定年退職した先輩が会社を訪ねて来た時に「今の楽しみは何ですか?」と訊いたら「夕方、水戸黄門の再放送を観る事」と言うので、随分歳をとられたなあと思ってしまった。失礼かもしれないが「水戸黄門の再放送が楽しみ」は完全に老人になってしまった証拠のような気がする。人の趣味だし、観方も様々なので他人がとやかく言う事もないのだが、時間がもったいないような気がする。何故「水戸黄門」が人気なのかは良く解る。勧善懲悪のワンパターンで、最後には必ず悪が成敗され、溜飲が下がるからだ。現実ではこうならない事が多いのでなおさら気分がスッキリするのだろう。時代劇が好きと答えた人の理由の第一位から紹介すると「歴史に感心がある」「勧善懲悪でスッキリする」「日本の原風景が見られる」「セットや小道具が興味深い」「アクションが面白い」と続いている。嫌いと答えた人の第一位は「現実離れし過ぎている」「予定調和でつまらない」「感情移入出来ない」「年寄り臭い」「歴史に感心がない」「史実を歪曲している」で、私も「水戸黄門」に対してはは同意見である。


私は時代劇が好きだが「水戸黄門」だけは勘弁して欲しい。「印籠一個で何を偉そうに」「権力を振り回すな」「たまたまその身分に生まれただけ」「世直しなら小さな悪より御政道を正せ」「世の中そんなに甘くない」「所詮、庶民の暮らしなど解るまい」「助さん角さんがいないと勝てないくせに」「うっかり八兵衛の軽口がうっとおしい」「由美かおるの入浴シーンをもっと増やせ」と突っ込みたくなる。「好きな時代劇シリーズは?」のアンケートには「鬼平犯科帳」「大岡越前」「水戸黄門」「必殺シリーズ」「遠山の金さん」「剣客商売」「暴れん将軍」の順位だった。11位に「てなもんや三度笠」が入っていたのが懐かしかった。コメディアンの藤田まことが「必殺シリーズ」で凄みのある中村主水を演じるとは誰が想像しただろうか?私がこの順位を見て不満に思ったのはNHKの時代劇が一つも入っていない事だ。水、木、土曜日もやっていたのだが、私が好きだったのは金曜時代劇で古くは「文五捕物絵図」「天下御免」「赤ひげ」「御宿かわせみ」「腕におぼえあり」「はんなり菊太郎」「慶次郎縁側日記」「陽炎の辻」等々、もう数え上げたらきりがないので止めるけれど、私がNHKの時代劇が好きな理由は「CMが入らないから」だ。民放はすべてCMが入るので、折角時代劇の雰囲気を味わっているのに、外国人女性タレントが陽気に洗剤のCMをポップな音楽で見させられると興ざめしてしまう。NHKには大河ドラマだけでなく、時代劇をもっと放送して欲しいのだが、今はBSNHKの金曜日「立花登 青春手控え2」しかないのは寂しい限りである。バラエティや現代ドラマは民放に任せても良いのではあるまいか?


時代劇はちょん髷だけでは成り立たない。それが似合う街並みや風景や文化、言葉も必要だ。だが、時代考証を忠実にやってしまうと言葉一つでも現代人には理解出来ないので、時代劇には良い意味での嘘があって始めて成り立つのだろう。だから八兵衛がうっかり「ファイト」と言ってしまっても許して欲しい(都市伝説だがガセネタ)。時代劇を観ていて「日本にもまだこんな風景が残っているんだなあ」と感心や安心してしまう場面が多く、その事も時代劇の人気を支えているのだろう。「顔を見りゃ 善悪ばれてる 時代劇」


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老いるにオイル [老後]

油が切れた自転車に乗ると、リズミカルな音を出しながら重いべダルを漕いで乗らなければならない。こういう時に、チェーンやギヤ等の回転する箇所にオイルをさすとかなり良くなり、ペダルも気分も軽くなる。人間も老いてあちこち油切れが始まったら、老いに効くオイルがあったらなあ、と思うのだがなかなか見当たらない。田舎の兄が「グルコサミンを使い始めて、膝の調子が良くなった」と言っていた。それでも年に一度は膝に注射をして貰わないと痛くて歩けなくなるそうだ。畑作業が好きなので、中腰の姿勢になる事が多いのが原因なのかも知れない。老人は、もう何十年も体を酷使して来たので、膝や腰の調子が悪くなるのはやむを得ないのだろう。私はバドミントンが出来る位なので、体だけは丈夫でまだまだ酷使に耐えそうだ。頭は酷使して来なかったのだが、どういう訳か調子が悪い事が多く、最近人の名前が出てこなくて閉口してしまう。


在る日、車で我が家に戻ろうとしたら、我が家の10メートル手前をゆっくりとお婆さんが道の真ん中を紙を見ながら歩いていた。クラクションを鳴らすのが嫌なので、ユックリとお婆さんの後に続く。すると我が家の玄関の前で立ち止まって表札を見ていた。「我が家に用事かな?」と思っていたら、玄関脇の駐車場に入ってしまい、なかなか出て来てくれない。これでは駐車する事が出来ないので困ったなと思ってたら、隣家に向かったのでやっと駐車出来た。車から降りると、又お婆さんが我が家の玄関先でうろうろしている。手に封筒と名簿らしき紙を持っていたので、ピンと来た。「町内会費の集金ですか?」と声をかけたら、満面の笑みで「そうなのよ」との返事。町内会費は3600円なので、4000円渡して400円のお釣りを貰おうと右手を出したら、どうしても財布を持っている左手に渡したいらしく「ごめんなさいね」と言いながら、無理やり私の左手にお金を置いた。領収書を頂けると思ったがそのまま行ってしまった。名簿に印もつけなかったので、もう彼女の記憶に頼るしかない。次の日、チャイムが鳴ったので玄関を開けると別のお婆さんが立っていて「町会費を集めに来ました」と言われたので「昨日、お婆さんに払いましたよ。領収書は貰えませんでしたが」と言うと「そうですか、あの人ぼけちゃってるから色々忘れるのよね」と言って帰って行った。今年は二人のお婆さんが町内会の班長にさせられたのだろうが、お二人共高齢なので気の毒である。、


町内会ではゴミ収集所の掃除当番を交代で行っており、掃除用具と一緒に当番ノートが廻って来る。ノートには日付、担当者名、ゴミの種類を記入する欄があらかじめ書いてあり、当番を終えたらハンコかサインをして次の人に渡すのだが、日付を見たら1週間先の日付になっていた。多分、町会費を渡したお婆さんが記入したと思うのだが、もう80歳を超えておいでなので勘違いされたのだろう。曜日によって出せるゴミの種類は決まっているのだが、時々曜日を勘違いして置き去りになったゴミを見かける。老いる、とはこういう事なのだ。私の班は8名なのだが、一人暮らしのお婆さんが2人、歩いても3分位の場所にゴミ収集所があるのだが、お婆さんは自転車にゴミを積んで捨てている。歩くのがしんどいのだろう。日本中に一人暮らしのお婆さんやお爺さんの日常は、こんな失敗の繰り返しだと思う。老人にとって、昔と今とどちらの時代が良かったのだろうか、と考えてしまった。もう戻ろうにも戻れないのだが。「起きたけど 寝るまで特に 用はなし」(老人川柳から借用)


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バイト言葉がヤバイと思うのだが [社会]

出川哲朗の口癖「ヤバイよ、ヤバイよ」ではないが、バイト言葉がちまたに溢れていて綺麗な日本語の表現がヤバイ事になっている。その主なる原因が飲食店等で働くアルバイトの接客にあるのではないのかな?とも思うのだが、TVのバラエティー番組でも頻繁におかしな表現が出てくるので、アルバイトだけの責任ではあるまい。この「やばい」も昔のように「危ない」という意味で使われるだけでなく、「とてもいい」という使われ方をすることがあり、最近ではむしろ後者の意味に使われる方が多いのではないのかとさえ思う。言葉は時代の流れでどんどん変化して行き、誰も止めようが無い。私が良く頭に浮かぶのが「貴様」(あなたさま)という言葉で、江戸前期頃までは武家の書簡で高い敬意を表していたが、これが次第に口頭語の世界に入っていき、一般の人々も用いるようになり、話し言葉としての「貴様」の待遇価値は少しずつ下がり、江戸時代の明和頃では軽い敬意を表すことが多かったが、文化文政頃には対等の者に使うことが普通になり、天保頃には次第に罵り言葉になってしまった、という長い年月をかけて「貴様」の価値(?)がおとしめられてしまっている。言葉なんてそんなもんだろうか?1年前に言葉に関して「止めて貰いたい表現」という様なタイトルで似たような記事を書いているので、引用させて頂く。


 TVなどを見ていると止めて貰いたい表現とか言い回しがある。まず、”..と言えば嘘になる。”何なんだろう、この言い回し。赤塚不二夫の”賛成の反対!”を思い出す。何を言いたい訳?じゃ本当は? 次、スポーツで良く出てくる”皆様の元気の為に頑張った。””皆様に感動して貰いたくて..”、みたいな表現。自分が自分の為に頑張っている姿を見て我々は感動するのであって、あくまで根本は自分の為であるべきだろう。こんな事に突っ込んでも大人げないか?プロ野球のヒーローインタビューでの”チームの勝利の為に..”も、それかな? 若い娘の、「本当?」、「嘘~!」、「信じらんな~い!」、こっちこそ、表現力の低さに”信じらんな~い”。自分の事を”私って何々みたいな人なんです。”という表現も苛立ちます。”まいう~”も嫌です。美味そうな食べ物も不味くなって来そう。”ご苦労様”は上から下への言葉、逆なら”お疲れ様でした。”にしろと言う。こんな言葉は思わず出てくるもんであって、頭で上下を考えて言うもんじゃない。伊丹十三の本にこんな表現が嫌いだというのがあった。”まあ、怒らない、怒らない。”、”光栄の行ったり来たり”バーで客が水をくれと言うと、ママが”もうからん水”とか”鉄管ビール”と言う。手垢が付いてしまった陳腐な表現なのだろう。最近の”やばい”もやばいが、”全然美味しい”等の表現が?です。”全然”の後は否定だと思っていたのだが、最近は肯定のようだ。このブログも”くそ真面目”に書いているが、全然面白くなくなって来た。


最後のオチが書いた本人にも解らないオチになってしまっているが、まあいいか。
最近、言われると「止めてくれ!」と叫びたくなるのが「よろしかったでしょうか?」「お水のほうはいかがですか?」「こちらビールになります」「5000円からお預かり致します」「30分ほどお待ちいただく形になります」等々書いていて吐き気がして来たのでこの辺で止めるが、私が悲しいのは言っている人が丁寧な言い方だ、敬語だ、と勘違いしている事にある。「先生様」「社長様」と言っているのと同じで、恥ずかしい表現である事に気が付いていない。多分だが、言葉の意味を良く考えずに教えられた通りに発言しているだけなのだ。だから、言葉に心がこもっていないなあ、とがっかりしてしまう。接客業のアルバイトなどその最たる物だろう。「領収書 何様ですか?と 宛名聞く」(アルバイト川柳からの引用)


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